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二宮寿朗「1980年生まれ。戦い続けるアスリート」

長崎FW玉田圭司の現在の哲学。「勝つために必要なのは、うまいヤツがまわりをカバーしてチームのために全力を尽くすこと」

リオ五輪で監督、ロシアW杯でコーチを務めた手倉森監督は、玉田に全幅の信頼を置く。ふたりで練習後にチームのため語り合う。(撮影/熊谷貫)
リオ五輪で監督、ロシアW杯でコーチを務めた手倉森監督は、玉田に全幅の信頼を置く。ふたりで練習後にチームのため語り合う。(撮影/熊谷貫)

上を目指して成長するために聞く耳を持つことに変わりはない。

変わろうとすることは、学ぼうとすること。
モドリッチからも風間監督からも。まわりの仲間からも。

「たくさんの経験を持っている選手と思われているかもしれないけど、完璧な選手じゃないし、より上を目指して成長していきたいと思えば、聞く耳を持つことに変わりはないですから」

それはここ長崎の地でも変わらない。

名古屋を退団して、オファーをくれたのが新しく就任した手倉森誠監督であった。リオ五輪でU-23日本代表を率い、ロシアワールドカップでは日本代表のコーチを務めた指揮官から連絡をもらい、直接会って熱意を伝えられた。

「うれしかったですね。『絶対に必要なんだ。俺は経験のある選手を頼りにしてきた監督だから』って。重く言うんじゃなく、親近感を持つように。僕のなかでは、来るべきところに来たという感覚なんです」

意図が伝わるトレーニングや先を見越したビジョンなど、手倉森監督の指導は新たな学びの場になっている。

まわりを輝かせて、自分も輝く。
己に課したこのコンセプトは、絶対的な自信なくして成立はしない。玉田はそう考えている。

言うだけでは仲間を納得させられない。過去の自分ではなく、今の自分で納得させてこそ、説得力が伴うのだ、と。秀でているのはテクニック、経験値のみにあらず。あるフィジカルのテストでトップの数値を叩き出している。これには手倉森監督も目を丸くしている。

39歳になっても肉体的な衰えは感じないのか?

そう問うと、彼はキッパリとこう述べた。

「衰えは多分あると思いますよ。でもね、僕は(衰えを)認めないんです」

変化を成し遂げようとする意欲そのものが、「認めない」だけの自信を構築してきた。自分の存在価値を認めさせてきた。望む自分になれると強く信じて。

揺るぎない自信の背景にあるもの。
それに目を向ければ、玉田圭司の実像が見えてくる――

第2回に続く)

profile
たまだ・けいじ/1980年4月11日生まれ、千葉県出身。
習志野高校を経て、99年、柏レイソルに加入。2003年、2桁得点をあげ注目を集め、06年、名古屋グランパスエイトに移籍。10年、過去最多の13得点を挙げリーグ初優勝に貢献。その後、セレッソ大阪、名古屋グランパスへ経て、今シーズンより、J2のV・ファーレン長崎へ加入。
日本代表は04年に初選出されると同年のアジアカップ連覇に貢献。06年ドイツW杯、10年南アフリカW杯に出場。18シーズンまでJ1通算99得点、J2通算19ゴール。日本代表国際Aマッチ 72試合 16得点。
その他最新情報は、公式ブログでチェック!
https://ameblo.jp/tamada-keiji/

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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、スポーツ報知にて「週刊文蹴」(毎週金曜日)、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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