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31年ぶりのパリ公演は2日で約3万人! 300日以上続く「満員御礼」! 大盛況が続く大相撲に押し寄せる波とは?

取組の内容に大きな変化も

では、実際の相撲の中身はどうでしょうか。古くからの好角家からすると、現在の大相撲の勝負に物足りなさを感じる人も少なくないと思います。北の富士さんが解説席で「あっけない相撲が多いねえ。ハッキヨイという行司の声で土俵を見たらもう終わってるよ」、そんな不満を語る姿を思い起こします。

力士が大型化して幕内の平均体重は現在、160キロを超えています。今から半世紀前、北の富士さんが活躍した時代の平均体重は130キロほどです。当時、とても大きく見えた大横綱・大鵬でも150キロ弱でした。土俵の広さは変わりません。直径は15尺、4メートル55センチです。となれば押し相撲が増えるのも当然です。半世紀前の「がっぷり四つ」という表現は、ほとんどなくなりました。
実際に近年、決まり手もこれまで断然多かった「寄り切り」を「押し出し」が逆転しました。今年に入って一月場所から五月場所までの幕内での決まり手の頻度は下記のまとめの通りです。

【決まり手トップ10(幕内 令和8年一月場所~五月場所 優勝決定戦を含む)】
1位:押し出し 220回
2位:寄り切り 208回
3位:叩き込み 79回
4位:突き落とし 63回
5位:上手投げ 43回
6位:引き落とし 35回
7位:押し倒し 30回
7位:寄り倒し 30回
9位:下手投げ 27回
10位:すくい投げ 24回

そして、注目すべきは「叩き込み」や「突き落とし」「引き落とし」など、負けた力士が前方に倒れる決まり手の増加です。つまり、半世紀の間にまわしを取る相撲が激減し、押したり叩いたりする相撲が主流になった点です。叩く相撲の増加によって。髷に指がかかる「反則」が多くなり、それを確認するために物言いのつく相撲が増えてきました。少なくとも半世紀前には、髷を掴む反則などほとんど見ることがありませんでした。

もちろん、押し相撲や激しい突っ張り合いの相撲にも惹き付けられます。しかし、まわしを引き合っての力勝負や投げの打ち合いなど、常人には考えられない足腰の粘り強さを発揮したり技を駆使したりするのも大相撲の大きな魅力です。この先、力士の大型化がさらに進んでいくと、押して引いて叩いてという相撲がますます主流になりそうです。つまり、北の富士さんが言う「あっけない相撲」が増加します。そうなると今の大相撲人気が持続できるのか危惧されます。

もうひとつの懸念は、大型化による怪我や病気の増加です。五月場所は、横綱・大の里や大関・安青錦が初日から、途中から横綱・豊昇龍や大関・琴櫻など、幕内だけでも7人が休場(途中休場も含む)しました。競技の性格上、怪我は避けられないかもしれません。それでも、怪我を最小限に留めるための方策が必要です。十分に稽古に打ち込める体づくり、自分に適した体の大きさの管理など、栄養面も含めた組織全体としての見直しも検討の余地があるのではないかと思います。

さらに、大相撲の力士を目指す新弟子たちの獲得も急務です。平成6(1994)年五月場所の番付には943人の力士の四股名がありました。過去最多の力士数です。それから30年が経ち、現在は600人を割ってしまいました。客が観て満足できる大相撲ももちろん重要ですが、その中心にいる力士という職業が魅力のあるものでなければ入門者の減少に歯止めはかかりません。力士を引退した後の長い人生も、新弟子を受け入れる大相撲界全体として考えなければならないと考えます。

魅力あふれる力士の台頭に光明あり

昔から大相撲には「小よく大を制す」という言葉があります。体格で劣る力士が勝る力士を倒すという醍醐味を表します。その点では近年、相撲界に光が射してきています。藤ノ川、朝紅龍、朝翠龍、翠富士、そして関取に返り咲いた炎鵬など、平均体重より40~50キロも軽い力士たちが脚光を浴びてきました。

かつて「稀勢の里を横綱にさせる会」の会長就任を突然、生放送で言い出した北の富士さんが、稀勢の里の横綱昇進が達成されると、これまた突然、次の目標を表明します。「宇良を三役にさせる会でも作るかな。この子はいいねえ。面白いよ、相撲が」。まだ、宇良が130キロ前後の頃です。北の富士さんは小兵力士がご贔屓でした。今も放送席で解説をなさっていたら「藤ノ川は注目ですよ。まともな相撲でね、気持ちがいい。銭の取れる力士だね」……そんな声が聞こえてきそうです。

もちろん、人並外れた大きな体が力士の象徴です。その大きな力士に挑んでいく活きの良い小さな力士が増えるとさらに大相撲が盛り上がります。

大盛況が続く今こそ人気に安住せず、ここを好機とみて次の時代に備えるための改革をしていくことも必要です。七月場所、そしてこれからの大相撲に注目していきましょう。

(画像/藤井康生『粋 北の富士勝昭が遺した言葉と時代』より)
(画像/藤井康生『粋 北の富士勝昭が遺した言葉と時代』より)

後編は、7月11日(土)配信予定です

『粋 北の富士勝昭が遺した言葉と時代』刊行特集一覧

【「はじめに」試し読み】 死去の報道から1年。52代横綱・北の富士勝昭さんが上京した日に生まれた不思議な縁

【「1章 出会い」一部試し読み】 昭和32年1月7日の上野駅。「赤いダイヤ」が入った麻袋を持った北の富士少年の上京物語

【「4章 独立と初優勝」一部試し読み】 北の富士が独立後、最初の場所で初優勝! 初対戦となった兄弟子、佐田の山への想いとは?

【「5章 北玉時代」一部試し読み】 史上初の雲竜型と不知火型の土俵入りを披露。「北玉時代」と呼ばれた盟友・玉の海との粋すぎる友情物語

【「8章 語りの天才」一部試し読み】 妹、親友、行きつけの店主と女将が語る、素顔の北の富士の「粋」な男っぷり

【藤井康生さんインタビュー前編】 大相撲中継の名コンビだった52代横綱・北の富士勝昭さんとの交流と、ふたりをつないだ相撲愛

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2024年11月12日、82歳での別れから1年。
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新刊紹介

藤井康生

ふじい・やすお/昭和32年1月7日生まれ、岡山県倉敷市出身。岡山朝日高校、中央大学法学部を経て、昭和54年4月、日本放送協会(NHK)入局。43年間のアナウンサー職を経て、令和4年1月、NHKを退局。大相撲は昭和 59年七月場所から約 38年間担当した。現在はフリーアナウンサーとして「ABEMA大相撲 LIVE」で実況を担当。公益財団法人日本相撲協会記者クラブ会友、JRA日本中央競馬会記者クラブ会友など多方面で活躍。
著書に『土俵の魅力と秘話』(東京ニュース通信社)がある。

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