よみタイ

寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節のものは、売り場でも目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところ。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第7回 カレーのきた道

 2001年の夏、私は虎屋の羊羹を抱えて横須賀へ向かっていた。謝罪をするためだ。

 出版社に入って初めて担当した特集号で、横須賀にあるカレー屋を取材した。
 謝罪の原因となったのは、誤植だった。当時は原稿を電話口で読み上げ、お店のひとに聞いてもらって確認作業をしていた。その店ではじゃがいもを使っていない──しかもそれがレシピの肝だ──にもかかわらず、私は誌面に書き入れてしまったのだ。電話口でどんな行き違いがあったのか、今となっては記憶も定かでない。

 料理と真摯に向き合ったことのない新人編集者の無知。当然じゃがいもが入っているという思い込みがあったのかもしれない。
 それ以来カレーを前にするたびに具が気になって仕方ない性分になった。それがこうして料理の仕事に生かされていると思うと、不思議な道行きである。

 横須賀といえば、海上自衛隊のお膝元。1908年に発行された『海軍割烹術参考書』を再現したカレーでまちおこしをはじめたのは、1999年のことだ。

 海上自衛隊では、長い航海生活で曜日感覚を失わないよう、毎週金曜はカレーの日と決まっている。
 ステイホームが叫ばれる2020年、誰が呼びかけたか「金曜カレー」がSNSに登場したとは、なんの因果だろう。外出を制限され、曜日感覚を失いがちなのは家の中とて同じ。単調な生活に句読点を打つのは、いつの時代もカレーなのだ。

 金曜だけでなく、毎日カレーを作り続けるひとたちがいる。
 ドキュメンタリー映画『聖者たちの食卓』(2011年/原題『Himself He Cooks』)で描かれるのは、インド北西部にあるシク教総本山ハリマンディル・サーヒブの公衆食堂だ。
 毎日10万食のカレーが、500年もの長きにわたり、巡礼者にも旅行者にも等しく無償で提供されてきた。にんにくの皮をむくひと、チャパティをこねるひと、皿を洗うひと──調理に関わるひとの数は300人。もちろん無償の労働だ。

 街が眠っているうちからはじまるカレー作りは、野菜も豆も、火も水も、なんだって信じられないくらい大量に投入される。
 やがて門がひらき、一杯の豆カレーを求める人々が回廊を牛歩で進む。耳鳴りのような喧騒。一帯を覆い尽くす火とスパイスの圧倒的な匂い。うんざりするほどのひと、ひと、ひと!
 カレーはありがたく、しかし泰然と受け取られ、満たされたひとは去る。皿は洗われ、床は掃除され、長い一日が粛々と仕舞われてゆく。
 作るひとと食べるひとが、大きなうねりとなってただそこにいる。資本主義や社会保障という言葉で語れば矛盾だらけの伝統が、“分かち合う”──この一点の教義のために続いてきたのだ。

 シク教には、奉仕を意味し「世話」の語源でもあるセーヴァーという教義もある。私ができるだけおいしいものを作りたいと思う心も、まさにセーヴァーだ。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現在11万人以上。著書に『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』がある。近著は話題のエッセイ集『閨と厨』。
現在、東京都内で夫と二人の子供と暮らす。

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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