季節のものは、売り場でも目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところ。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。
2020.7.20
第8回 なすびの素肌

子どもの頃、夏の写真には必ず茄子が写りこんでいた。
台所の隅に設けられた土間の、洗い桶に山盛りになった茄子。麦わら帽子をかぶって遊んだ畑には、身長を追い越す高さの枝に、若い実がいくつもぶらさがっていた。
私より二十も年下の甥のアルバムにも、茄子が入ったバケツをひっくり返して遊ぶオムツ姿をとらえた一枚を見つけた。
茄子は買ってくるものではなく、地から湧き続けるのではないかと思えるほど、たんまり転がっていたのだ。
茄子なんて他人行儀な書き方をしたが、私が子どもの頃はずっと「なすび」と呼んでいた。
なすびと聞いて、耳まで赤くなる思い出がある。
その昔、『ビバ!クイズ』というテレビ番組があった。小学生を対象にした勝ち抜き戦で、1974年から1993年にわたって放映された長寿番組だ。
私は優勝者が集まるグランドチャンピオン大会にまで出場し、上級生と競い合う早熟で好奇心旺盛な、富山弁で言うところの「こわくさい」女の子だった。
追いついては引き離され、誰が優勝してもおかしくない攻防戦が繰りひろげられるなか、ある問題に私は全身の力を込めてボタンを押した。
「なすび!」
勢いよくこう答え、見事正解したのだった。
得意になって帰宅したその夜、家で放送を見ていた姉に、
「方言で答えるダラ(※馬鹿の意味)がおるけ」
といさめられた。
りんごのほっぺの勇ましい女の子の訛りに、家族は恥ずかしさのあまり下を向き、大人たちはいかにも田舎の子どもらしいと笑ったに違いない。
標準語では茄子と呼ぶらしいこと、そして、私がいる場所は中心ではなく辺境らしいということを初めて知った十一歳の秋だった。
しかし歴史的にはなすび(奈須比)のほうがずっと古い。
1200年以上前に海を渡ってやってきたこの野菜は、平安時代の書物にも記され、高貴な身分のひとしか口にしないものだったという。それがどんな理由で茄子になったのかは、よくわかっていない。
いまでは日本全国でおよそ200種類が栽培され、夏の暮らしに欠かせない食材だ。