季節のものは、売り場でも目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところ。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
幼い頃から現在に至るまでの食の記憶をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。
2020.6.15
第6回 いも食うふたり

三十歳を過ぎてから、大学の通信講座で料理と栄養学を学んだ。
家族の胃袋を預かる主婦たるもの──時代を巻き戻したような、高らかな教科書の序文に面食らいつつも、私は夢中になった。通勤電車に教科書を持ち込み、週末はレポートに充てた。
記述式の課題のなかで、忘れられない設問がある。
献立にいも類を取り入れることの長所を挙げなさいという問題で、自分の解答は忘れてしまったのに、先生の添削は今でも覚えている。
〈いもは食卓に温かさを添えてくれます〉
習字のお手本のように美しい赤ペンで、こうあった。
答案に書き足さずにはいられなかった先生の、いもに寄せる全幅の信頼を、当時の私は少し距離を感じながら眺めた。
いも類、なかでもじゃがいもの力を知るのは、それから数年経ってふたりの子どもに恵まれてからだ。
肉じゃが、ポテサラ、コロッケ、煮っころがし──家庭料理の人気レシピには、じゃがいもを主役にした料理が並ぶ。当然の地位だ。一年中安定した価格で手に入って保存が効き、調理すればボリュームも出るとくれば、食卓には欠かせない。
丸く張ったじゃがいもが袋にぎっしり詰まっているのを見ると、また会いましたねの挨拶と同時に腕が鳴る。思い浮かぶはフライドポテト、一択。
作り方はこうだ。
皮付きのじゃがいもを洗ってから、大きめのひと口大に切る。水気を拭いたら断面を下にしてフライパンに並べ、油をじゃがいもの背丈の半分注ぐ。皮付きのにんにくも一緒に放り込んでおく。
ふたをしてから弱火にかける。油でじゃがいもを煮るようなイメージで、上半身にまで蒸気を行き渡らせるのだ。
弱火ではじまった調理は、もどかしいほどゆっくり進む。この無音に耐え、いもに気付かれないようにじわじわと熱を加える。
そのうち気泡とともにシュッシュと軽快な音がしてくる。五分ほど経ったらひっくり返し、ふたをしてさらに火を通す。尖ったものを刺してみてすーっと通れば、ふたをはずして強めの中火に切り替える。一気に水分を飛ばして外側をカリッと仕上げるのだ。
引き上げたら熱いうちに塩を振る。親指、ひとさし指、中指でたっぷりつまんでピシリ。しっかり効かせれば、じゃがいもの輪郭が引き締まる。
油はお古で構わない。皮付きのじゃがいもはやわじゃないから、二度目の揚げ物でもへこたれないのだ。ちょっと古い油があるから、じゃがいもでも揚げようか──逆の発想も大いにあり。だからどうか揚げ物を敬遠しないでと布教してまわりたいほど、揚げたてのおいしさは格別だ。