よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」
物を減らす、無駄なことはしない、必要以上に買わない。
「しない。」生活のなかだからこそ、手に入れるもの、するべきことは
試行錯誤を繰り返し、日々吟味している群ようこ氏。
そんな著者の「しました、食べました、読みました、聴きました、着ました」
など、日常で「したこと」をめぐるエッセイ。
自宅でできるあんなこと、こんなことのヒントがいっぱいです!


よみタイ好評連載の『いかがなものか』好評発売中!
書籍情報はこちらから!

マスクを作る

今日は、これをしました 第4回

 新型コロナウイルスが終息しないなか、自粛要請中は週に一度、漢方薬局に行って煎じ薬をもらい、その帰りに食材を買う以外は、以前と同じように家にいて仕事をし、不要品処分や掃除、手仕事などいろいろなことをして過ごしていた。主要な店舗も営業を自粛しているときで、仕事のキーボードを叩きながらふと考えたのだが、必要なものがあったら通販でなどといわれていたけれど、煎じ薬も服用しなければ命にかかわるようなものではないので、極端にいえば生きるのに必要なものしか買っていなかった。
「週に一度、食材を買えばそれだけで生きていけるのだな」
 とあらためて気がついた。
 家で着る普段着も肌着も、毎日、洗濯して着替えても、十分に足りている。それどころか整理してみると、
「ああ、こんなものもあった」
 と気がつく始末だった。そんなときふと、
「これまで私はいったい何を買っていたのだろうか」
 と我ながら不思議になってきたのである。
 本は本棚の整理をしていたら、未読のものが何冊も出てきたので、それを読んでいた。家賃、光熱費、週に一度の漢方薬代と食材にかかるお金、それとおネコ様のキャットフード代は必要経費である。それだけで何週間も過ごしてきたが、生活には何の問題もなかった。以前とほとんど変わらない生活だと自分は思っていたのに、自粛要請前は月末になると、ごそっと口座からお金がなくなっていた。毎月、現金支払いのために、決まった額の現金を下ろしていたのだけれど、時折、足りなくてまた下ろしたりもしていた。しかし今、財布には同じ金額を下ろしていたのに現金が余っている。余っているのは当然、物を買っていないからである。店舗が開いていないと品物は買えない。これは必要だからと買っていたのに、自粛生活を考えると、その前に買っていたものは実はそれほど必要なものではなかったのだろう。
 たとえばキッチン用品を考えると、道具は揃っているのに、
「これがあったら便利そう」
 とシリコン製の調理用スプーンを買ってしまったりした。気軽に買える値段なので、財布を開ける際の「ちょっと待て」センサーが働かないのである。そして結構、便利に使っているのだが、調理小物が入れてある引き出しを開けると、新しい調理小物を買ったために、以前からあるトングが使われずにそのままになっていたりする。スプーンはすくうのには便利だが、食材をはさむのには向かない。そのときはトングの出番なのだが、わざわざ取り出すのが面倒くさいときは、菜箸とスプーンの併用で済ませたりする。その結果、トングはいらないのかというと、魚を焼くときには菜箸よりも便利に使える。こんな調子で少しずつ増えていき、引き出しの中身を全部出してみると、
「あら、こんなにたくさん」
 という事態になるのだ。ご飯を炊く鍋にしても、鍋の大きさにふさわしい量を炊いたほうがいいのだけれど、だからといって同じ用途のものが二つもいるだろうか。フライパンも鉄製と表面に加工がしてあるものの二種類いるのか、などなど疑問がわいてくる。なぜそうなったかというと、あったら便利そう、で買ってしまった結果なのだ。
 そこで自然素材以外はなるべく手放すという基準から、シリコンスプーンを処分した。そのかわりに木べらを使っているが、カーブがついていないものだから、料理をすくおうにもひっかかりがなく、菜箸と併用してもすべってしまうので難しい。あるときは木べらを隣の火のついた五徳の中につっこんでしまい、焦がすという失態を犯した。多少の不便には耐えて、このまましばらくやってみようと思っている。
 自粛要請期間中、政府が「新しい生活様式」とやらを発表した。スマートスタイルとかいう、いつものようにダサい英語もついている。そのなかで食事のときは料理を食べるのに集中して、お喋りは慎むなどというものまであって、封建時代かと怒りたくなった。私は自分がウイルスに感染しているかはわからないので、他人に迷惑をかけないのを前提にマスクはするけれど、食事のときの態度まで、あんたたちにいわれたくない。
 過去の家長制度を押しつけるような政府の考えに恐ろしくなる。たしかに今の状況では、以前と同じようにとはいかないのはわかるけれども、だからといって食事のときに会話もせずに、黙々と食べなくてもいいような生活のアイデ アを提案するのが、政府としての役目なのではないか。少しでも感染する可能性がある事柄すべてを禁じるのはとても楽だ。現実的な個別の提案ができないのは、それだけ政府に頭が働く人がいないか、そういった人たちが、国民があまり表に出られないように、上から押さえているからなのではないか。きっと国民のほうが頭がいいから、よりよい方法を自分たちで見つけ、判断して、こんななかでも楽しく暮らしていく術を見つけていくだろう。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事