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佐藤賢一特別寄稿 老人の価値観で動く国—コロナ禍で見えた日本

西洋歴史小説の第一人者、直木賞作家の佐藤賢一氏。
フィクション、ノンフィクションともに、蓄積された知識を駆使した力作を発表し続けている。
コロナ禍が世界を覆う今、歴史に精通する氏から、特別メッセージが届けれらた。
今年3月。休校となり、体力維持のためにランニングをしていた中学生からエピソードは始まる……。

中学生を叱りつけた老人はゲートボールをしていた

 三月頭の話だ。中二、この四月から中三の息子が友人に聞かされてきた。その友人は近所の公園を走っていたという。バスケ部だが、学校が休校になり、一緒に部活も停止された。コートでの練習はできない。それでも試合を走りきれる体力だけは維持したい、中学最後の年に何としても結果を残したいと、自分に毎日のランニングを課したのだ。
 そこを呼び止められた。というか、いきなり叱りつけられた。同じ公園の芝生スペースで、ゲートボールをしていた老人のひとりだった。
「おまえ、中学生だろう。こんなところにいていいのか。家にいなくちゃいけないんじゃないか。おまえ、ひどい奴だな。ひとにコロナを移すかもしれないだろ。年寄りを殺すかもしれないとは考えないのか。おまえ、学校に電話してやるからな」
 友人はショックで何もいいかえせず、家に帰った。その日でランニングも止めた。長い休みになったが、あとの毎日は部屋に籠もり、ゲームばかりしていたらしい。
 小中学校の休校措置が発表されたとき、まず子供の命を守るためといわれた。が、それは御題目おだいもくにすぎず、実情としては感染を拡大させないため、子供にウイルスを撒き散らかされないため、とりわけ高齢者に移さないためなのだと、そういう見方がなされていた。少なくとも中学生を叱りつけた老人の怒りは、この理屈から来ているし、それが間違っていたともいえない。しかし──。
 私は首をかしげてしまった。自分たちはゲートボールで、平然と集まりながら? コロナ禍の最中さなかでも、いつもと変わらない生活を楽しみながら? 
 あげく気がついたところ、今の日本というのは老人のためにある国なんだなと。それが今回コロナ禍のなかで、はっきりしたなと。
 
 新型コロナウイルスが、中国武漢で発生した。日本にも入ってくるか。いや、もう入ってきている。すでにパンデミックである。そうやって二月、ことに半ばをすぎてからは、ちまたの緊張感も高まった。よく覚えているというのは、他人事でないなと感じていたからだ。
 新型コロナウイルスに感染して重症化するのは、主に中高年以上で、とりわけ持病がある人だといわれていた。私はといえば五二歳で、これという持病はないものの、人間ドックの数値は決して褒められたものでなく、また今は吸うのを止めたが、四〇歳までは喫煙者だった。この肺炎にかかったら、かなりの確率で重症化するだろうなと、覚悟せざるをえなかったのだ
 出かけるときはマスク、帰れば手洗い、うがいと、もちろん予防に努めた。なお戦々恐々だったというのは、重症化リスクの高い人間として、そのうち活動制限、外出規制等々を課せられるのではないかと考えたからだ。在宅で困るような仕事ではないが、やはり閉じこもり生活はストレスに感じる。できれば逃れたい。しかし元気な世代に、おまえたちが家にいろともいえない。しかしなあ、と悶々としていた矢先だった。

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佐藤賢一

1968年山形県鶴岡市生まれ。山形大学教育学部卒業。東北大学大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得満期退学。
1993年『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞受賞。99年『王妃の離婚』(集英社)で第121回直木賞受賞。2014年『小説フランス革命』(集英社)で第68回毎日出版文化賞特別賞受賞。2020年『ナポレオン』(集英社)で第24回司馬遼太郎賞受賞。主にヨーロッパ史を題材とした歴史小説を多く手掛けているが、近年は日本、アメリカを舞台とした作品も発表し舞台化されたりなど話題となる。日本語のみならず、フランス語などの外国語文献にもあたり蓄積した膨大な歴史的知識がベースの小説、ノンフィクションともに評価が高い。
著書に下記などがある。
<小説>
『傭兵ピエール』『双頭の鷲』『カルチェ・ラタン』『オクシタニア』『黒い悪魔』『褐色の文豪』『ハンニバル戦争』『ナポレオン』『女信長』『新徴組』『日蓮』『最終飛行』ほか。
<ノンフィクション>
『英仏百年戦争』『カペー朝』『テンプル騎士団』『ドゥ・ゴール』『ブルボン朝』ほか。
<漫画原作>
『傭兵ピエール』『かの名はポンパドール』

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