よみタイ

寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節のものは、売り場でも目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところ。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
幼い頃から現在に至るまでの食の記憶をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第5回 愛しい四文字

 メニューにあると必ず注文するのが、きんぴらごぼうだ。

 神田『みますや』のごぼうは、思春期の前髪のようにビンと反り返っている。よく研がれた包丁で、繊維に沿って断ってあるのだろう。味付けはこっくり甘く、かすかに酸味がある。ばりんと音を立てる噛みごたえのあとは、鷹の爪の辛みが薄くひろがり、あと味はそっけないくらいに軽い。
 三代目による品書きの筆にも味わいがある。
〈きんぴら〉
 ごぼうにきまってんだからさ、というわけだ。
 創業は明治三十八年。年月が磨き上げた、黒光りする天井に照らされて、きんぴらはべっ甲色に輝く。どんな酒も受け入れる、包容力のある酒肴である。

『みますや』が剛なら、麻布十番『亀の井』は柔だ。
 向こうが透けて見えるほどの薄さと細さにごぼうを刻み、醤油の色は控えて色白に仕上げてある。それを、ほんのふた口なんて気取った感じでなく、空気を含ませるようにたっぷり盛って出してくださる。
 ふぐを食べさせる店だが、こうして記憶に残るのはきんぴらのほう。どれだけ手間がかかるか分かるからこそ、ほかの料理の下ごしらえや心遣いまで、おのずと推しはかられる。

 飲食店はもちろん、お弁当から家庭の食卓まで、きんぴらごぼうというのはなんと愛されている料理だろう。
 それは、ごぼうがもつ、土をテーブルのうえにそのまま運んできたような皮肌の香りと、甘濃ゆい醤油の合わせの妙だと私は思う。

 そのやわらかい香りを楽しむ新ごぼうが、旬を迎えている。

 まず、泥付きを求めること。泥がごぼうらしさと鮮度を守ってくれている。
 たわしで泥を洗い落としたごぼうは、斜め薄切りにする。それを少しずつ重ねてまな板に並べ、端からせん切りにしていく。人参も同じようにして切る。
 ごぼうをさっと水にさらしたら、利き手に菜箸、もう片方の手に木べらを持って位置につく。フライパンをよく熱してから油をひき、強めの中火でごぼうと人参を炒める。
 フライパンの底をただ回遊させるのではなく、菜箸と木べらを使って、少し持ち上げてはひっくり返し、まんべんなく広げ、また持ち上げてはひっくり返す。すべての具を動かし、手早く均一に火を通すための工夫だ。
 二、三分経つとごぼうの色が一段抜けて透き通ってくる。砂糖をふりかけ、全体をなじませたら火を止める。そこに醤油をふた回し。余熱で均一に色付くように混ぜて、ひょいとつまんで味が足りなければ、もうひと回し。白ごまを加えればできあがりだ。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で11万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』のほか、11月6日に、文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』が、河出書房新社から発売された。

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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