季節のものは、売り場でも目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところ。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
幼い頃から現在に至るまでの食の記憶をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。
2020.6.1
第5回 愛しい四文字

メニューにあると必ず注文するのが、きんぴらごぼうだ。
神田『みますや』のごぼうは、思春期の前髪のようにビンと反り返っている。よく研がれた包丁で、繊維に沿って断ってあるのだろう。味付けはこっくり甘く、かすかに酸味がある。ばりんと音を立てる噛みごたえのあとは、鷹の爪の辛みが薄くひろがり、あと味はそっけないくらいに軽い。
三代目による品書きの筆にも味わいがある。
〈きんぴら〉
ごぼうにきまってんだからさ、というわけだ。
創業は明治三十八年。年月が磨き上げた、黒光りする天井に照らされて、きんぴらはべっ甲色に輝く。どんな酒も受け入れる、包容力のある酒肴である。
『みますや』が剛なら、麻布十番『亀の井』は柔だ。
向こうが透けて見えるほどの薄さと細さにごぼうを刻み、醤油の色は控えて色白に仕上げてある。それを、ほんのふた口なんて気取った感じでなく、空気を含ませるようにたっぷり盛って出してくださる。
ふぐを食べさせる店だが、こうして記憶に残るのはきんぴらのほう。どれだけ手間がかかるか分かるからこそ、ほかの料理の下ごしらえや心遣いまで、おのずと推しはかられる。
飲食店はもちろん、お弁当から家庭の食卓まで、きんぴらごぼうというのはなんと愛されている料理だろう。
それは、ごぼうがもつ、土をテーブルのうえにそのまま運んできたような皮肌の香りと、甘濃ゆい醤油の合わせの妙だと私は思う。
そのやわらかい香りを楽しむ新ごぼうが、旬を迎えている。
まず、泥付きを求めること。泥がごぼうらしさと鮮度を守ってくれている。
たわしで泥を洗い落としたごぼうは、斜め薄切りにする。それを少しずつ重ねてまな板に並べ、端からせん切りにしていく。人参も同じようにして切る。
ごぼうをさっと水にさらしたら、利き手に菜箸、もう片方の手に木べらを持って位置につく。フライパンをよく熱してから油をひき、強めの中火でごぼうと人参を炒める。
フライパンの底をただ回遊させるのではなく、菜箸と木べらを使って、少し持ち上げてはひっくり返し、まんべんなく広げ、また持ち上げてはひっくり返す。すべての具を動かし、手早く均一に火を通すための工夫だ。
二、三分経つとごぼうの色が一段抜けて透き通ってくる。砂糖をふりかけ、全体をなじませたら火を止める。そこに醤油をふた回し。余熱で均一に色付くように混ぜて、ひょいとつまんで味が足りなければ、もうひと回し。白ごまを加えればできあがりだ。