よみタイ

寿木けい「土を編む日々」

第4回 豆のうた

 子どものころ学校から帰ると、奥のほうから秘密めいてくぐもった声が聞こえてきた。
 ランドセルを置いて駆けてみれば、母や叔母たちが台所に新聞紙を敷き、うずたかく積まれた枝を囲んで豆をはずしていた。毛を生やした豆の濃密な匂いと、そこに時折まじる含み笑い。私には近寄れない空気が、確かにあった。
「なってなって、かなわん」(富山弁でたくさんできすぎて困る、の意味)
 母はよくこう言ったが、それとは裏腹に、茹でたての豆はひそかな楽しみだったに違いない。 
 そう思ったのは、自分の小さな城で、はふはふと豆をほおばる特権を私も知ったからだ。ひんやりとした床で、女たちが膝をつき合わせて豆をむしるはしゃいだ指先を、今ではうらやましく思い出す。

 枝豆の嵐が去った秋、豆の世界はふたつめのクライマックスを迎える。
 大豆の出番だ。
 秋祭りの獅子舞がトンチキ、トンチキ、トンチキ、トンの四拍子にあわせて練り歩く背後には、黄金に乾いた十月の田畑が広がり、干された大豆の群れがあった。
 ガサガサと音を立て、枯れきったように見えるその姿の中に、タンパク源としての偉大な力が蓄えられていることは、日本に暮らすひとなら誰もが知っているだろう。私の家にも、母から送られてくる大豆で仕込んだ味噌が眠り、日々の食卓をつないでいる。

 大豆の枝にはそのうち雪が降りかかり、季節は閉じて深まっていく。
 雪解けとともにやってくる遅い春、そして階段を駆けあがるような実りの季節と、のちに迎える成熟と発酵の冬を、豆は見事に生きる。四季を通底する豆のうたを、私はあぜ道を歩きながら五感で覚えた。 

 消費し尽くしたかと思える豆のうたには、まだ続きがある。
 大豆のやり場に困りに困り、高温で炒って割れたものに砂糖をまぶしつけた名もなき菓子を、母が毎年送ってくれる。また豆かとボヤきたくなるが、あの疎ましいほどの豆の洪水を知らぬ子どもたちは、これが大好物なのだ。
 郷里の土に実ったタンパク質を吸収し、子どもたちはどんどん大きくなっていく。まばたきをしている間に、さやから飛び出し、いずれ思いもよらぬ早さで巣立っていくだろう。私自身がそうであったように。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現在11万人以上。著書に『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』がある。
現在、東京都内で夫と二人の子供と暮らす。

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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