よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」
物を減らす、無駄なことはしない、必要以上に買わない。
「しない。」生活のなかだからこそ、手に入れるもの、するべきことは
試行錯誤を繰り返し、日々吟味している群ようこ氏。
そんな著者の「しました、食べました、読みました、聴きました、着ました」
など、日常で「したこと」をめぐるエッセイ。


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でも、編みたい

今日は、これをしました 第2回

 仕事の合間に、何となく古書店のサイトを見ていたら、あっと思わず声を上げてしまった。小学生の頃、家にあった編み物の本、正しくは婦人雑誌の付録で、それが二十冊ほど販売されていた。そのうちの二冊には記憶があった。以前、編み物の本を出したとき、母が買っていた雑誌の編み物の付録を全部載せたかったのだが、そのほとんどが処分されていて残念だった。なかでもいちばん記憶に残っている表紙の付録が掲載されていた。価格も高くなく、納得できるものだったので、すぐに注文した。
 届いたのは一九六五年と一九六六年の、『主婦の友』特大号の付録である。一九六四年から三年間は、我が家史上、いちばん金回りがいいときで、ごく普通の一戸建ての平屋から、主婦の友社の役員が所有していた、ミッドセンチュリーモダンの一軒家を借りて住むようになっていた。それまでも母は、『婦人倶楽部』『主婦と生活』『婦人生活』といった婦人雑誌を購入していた。定期講読していたものはなく、そのつど興味がある号を買っていたようだが、引っ越してからは大家さんに気を遣ったのか、『主婦の友』を毎月定期購読するようになった。上流の生活に憧れも出てきたのか、『ミセス』も買うようになっていた。『ミセス』には付録はなく、これまでの婦人雑誌のような実用的な編み物とは少し違い、ファッションに特化したお洒落なデザインのものばかりが載っていて、私も見るのが楽しみだった。
 当時の編み物の付録には、編み直しの毛糸をどのように使うかとか、穴が空いたもののお洒落な繕い方、残り糸の活用法などのページが必ずあった。うちの母親だけではなく、同世代の編み物をする母親のほとんどはそうだったと思うが、家族のセーターのひじが抜けたり、よれよれになってくると、それらをほどいてかせにして洗い、糸も細くなっているので、新たに毛糸を引き揃えて編み直した。それはまたセーター、カーディガンに再生され、最後には母親の毛糸のパンツになっていた。
 私は小学校に入学する頃から、母親に編み物を教わっていたので、手袋などは自分で編めるようになっていた。興味があるので、それらの付録を見ていると、母が一緒にのぞきこみながら、
「このデザインはね、モデルさんはきっと細いのに、太って見えるでしょう。モデルさんでこうなのだから、私が着たらものすごく太って見えるから、これは編まないわ」
 と毎回、チェックしていた。母親は私とは違って、体型的に筋肉質で痩せているほうだったが、太って見えるのは気になるようだった。
 特に一九六六年の付録は、母親の編み物心を刺激したようで、この付録から何着も編んでいた。表紙のかぎ針編みのセーターとスカートのツーピースはローズ色、モヘアのかぎ針編みのジャケットは薄荷はっか色、父親にはセーターとカーディガン、私と弟にもセーターやベストを編んでくれた。私も自分で編んでみようと、かぎ針編みの襟付のセーターを、緑色の毛糸で編んだ。その年の夏、夏糸でノースリーブのブラウスを編んだことはあったが、冬物のセーターを編むのははじめてだった。学校から帰ると勉強もしないで、ずーっとセーターを編み続けた。十日ほどで編み上がったものの、まだ編むのが上手なわけではないので、編み地の手も整わず、どうやっても着ると抜き衣紋えもんになってしまう。おばあさんならまだ風情があるが、小学生のセーターの抜き衣紋は相当、変だった。鏡の中の自分の姿を見たとたん、
「これは、やだ」
 と脱いで、そのまま部屋の隅に放っていた。棒針編みよりも早く編めるからと、かぎ針編みのものを選んだのも間違いだった。ボリュームが出てより太って見える。地厚で張りが出て体に沿わず、剣道の防具をつけているような雰囲気だった。
「これを編むから毛糸を買って」
 といったときに、
「太って見えるよ」
 とひとこといってくれればいいのに、
「ああ、そう」
 といっただけだったのだ。自分は太って見えるのはいやだけれど、娘は太って見えてもいいのかと腹立たしかった。
 そんな私に向かって母親は、自分が習った修身の教科書の話をしはじめた。団子状にからまった糸を丁寧に何時間もかけてほぐした人の話で、
「そうやって物事は丁寧にやらなくてはいけないの。編み直せるものなのだから、編み直しなさい」
 といった。私が何かを途中で放り出すと、必ず出てくる「糸ほぐしの人」の話だった。面倒くさがりの私は、何度もその糸ほぐしの人の話を聞かされていて、
(またか)
 とうんざりした。今から思えば、何度も聞かされるような私が悪いのだが、子供の私としてはとにかくその糸ほぐしの人は、立派かもしれないが鬱陶しい人だったのだ。一度、
「切ってつないだほうが早いじゃない」
 といい返してものすごく叱られたので、反論はしなくなっていた。
 いちおう小学校の高学年なので、母娘の間で妥協点を見出さなければと思い、
「それじゃあ、私はもう編み直す気はないので、ほどいて毛糸玉に戻すから、それを何かに使って」
 といった。すると母親は納得しない顔をしていたものの、
「仕方がないわね」
 とぼそっといった。編むのには手間がかかるのに、ほどくのはなぜこんなに簡単なのだろうかと、十分足らずでへたくそな仕上がりのセーターは毛糸の玉になった。
「はい」
 母に渡すと、
「本当にまったく……」
 とぶつぶついいながら、それを受け取っていた。後日、その糸は残り糸と共にモチーフ編みにされ、母の、家で着る防寒用ロングスカートになった。ページをめくっているうちに、いろいろと当時の出来事を思い出し、無性にまた編み物をしたくなってきたのだった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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