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鈴木光司「海の怪」
地球の表面は70%が海。
しかし、その実態のほとんどがいまだヴェールに包まれている。
国内外の海を船で渡った男だからこそ知る、海の底知れぬ魅力と恐怖とは――
その出来事は、単なる気のせいか、この世のものならぬものからのメッセージか……。
『リング』をはじめとした一連の作品で、ホラー界に金字塔を打ち立てた鈴木光司。
見聞きした実話をもとに語る、海と水をめぐる畏怖と恐怖に彩られた読み切りエピソード。

エイトノットの奇跡

海の怪 第14回

 ヨットで航海するようになって以来、過酷な自然の中での死を強く意識するようになった。経験を重ねるにつれて、おぼろげだった生と死を分かつ線のようなものが、次第に色濃く見えてくる。
 死の瞬間を想像し、それが現実にならないように対策を練る。涵養かんようされていく対処能力は、陸の上でも大いに応用可能だ。
  
 面識はないが、ぜひとも会ってみたい方がいる。辛坊治郎しんぼうじろう氏だ。ご存じの通り、辛坊氏はキャスターであり、ヨット乗りでもある。
 2013年6月16日、辛坊氏は全盲のセイラー(通称ヒロ氏)と、福島県いわき市の小名浜港からサンディエゴに向けて出航した。
 間寛平はざまかんぺいさんがアースマラソンで太平洋と大西洋を横断した小型ヨット、エオラス号に乗って、太平洋横断プロジェクトを実現するためだ。
 震災から2年、そのプロジェクトには被害に遭ったヨットマンの聖地への恩返しの意味も込められていた。

 実は、友人のヨット乗りがそのプロジェクトをサポートしていたこともあり、僕も小名浜まで見送りに行く予定だった。しかし、映画絡みで急に小説を仕上げなければならなくなり、そんな余裕はすっかりなくなってしまった。
 結局お会いする機会を逸して、テレビ番組等で航海を見守ることになった。
 そして、出航して5日後の朝、エオラス号はマッコウクジラと思われる巨大生物と衝突する。船体は激しく破損して、やむなく船を放棄したふたりは救命ボートで漂流し、海上自衛隊の救難飛行艇で救助された。
 テレビから流れるニュース映像を見て、僕は大きな衝撃を受けた。他人事ではなかったからだ。

 もともとこのプロジェクトがスタートしたきっかけは、日本唯一のヨット雑誌『Kazi』で連載していたエッセイがきっかけだったと、まさにそのエッセイで辛坊氏自身が明かしている。
 ブラインドセーリング世界選手権大会日本代表として活躍したヒロ氏は、いつの日かヨットで太平洋を横断したいと夢みていた。そんなときに、間寛平さんの元マネージャーでアースマラソンの仕掛人である比企啓之ひきひろゆき氏が、太平洋クルーズを夢見る人にエオラス号を貸したがっているという情報を『Kazi』で知ることになる。
 しかし、全盲ゆえにひとりでは不可能だ。頼りになる相棒が必要となると言われ、そこでヒロ氏が指名したのが『Kazi』で連載をもっていた辛坊氏だったのだ。辛坊氏はプロフィールに「いつかは太平洋横断を目指すヨットマン」と書いていた。辛坊氏が同じ望みを抱いていることを知っていた彼は、辛坊氏こそが自分の夢をかなえてくれる相手にふさわしいと考えたのかもしれない。
 その後、ヒロ氏の要望は辛坊氏に伝えられ、比企氏の企画・立案でプロジェクトは本格的にスタートすることになった。そして、読売テレビがスポンサーにつき、土曜の朝の番組で大きく取り上げられることになった。

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鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。

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