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運動のできない私を、勉強からも遠ざけた「母の罵倒」習慣……第8話 テストの川流し

 さて、運動も勉強もできない私だが、小学6年生の頃、リエちゃんと一緒に自由研究の発表会に出席することとなる。自由研究の発表会とは、市内の複数の小学校から生徒が集まり、ぞれぞれの自由研究をみんなの前で発表する小さな学会のようなものである。とはいえ大袈裟なものではなく、他校の教室を借りて、中学年から高学年の数人が5分程度発表して終わりである。当然だが、私たちの自由研究が優れていたから選ばれたわけじゃない。ただ単に、授業でバリアフリーについて習った時期で、ちょうど私たちの自由研究が老人ホームについて調べた内容のためタイミングがいいという理由だった。なにせ私もリエちゃんも、日頃先生に反抗的な態度の自分たちがこの手の真面目なイベントに呼ばれるタイプじゃないことくらいわかっていたし、むしろ学校行事の代表に選ばれるのはダサいことという感覚だったので、かなり消極的にしぶしぶ承諾したのだった。なんなら先生による嫌がらせかとすら思った。
 この自由研究がなかなかひどい内容で、内容の薄さに本人たちの興味のなさが反映されており、誰がどう見ても何かに選ばれる代物ではなかった。私の母がたまたま老人ホームでパートをしていたので、夏休みの1日だけお邪魔して簡単に母やその他の大人に質問して、内容を模造紙に書き殴っただけ。私とリエちゃんの目的は、さっさとこの宿題を終わらせることであったし、そもそも自由研究で真に自分の関心ごとを調べてまとめられるのは、日々問題意識を持って生活しているクラスに一人いるかいないかの奇跡の優秀小学生だけである。それ以外の児童は、小学生が選ぶテーマとして「それっぽい」かどうかを基準に、宿題として合格点が得られそうな最低ラインに届くことをゴールとしている。少なくとも私はそうだった。しかも、この自由研究は制作中も揉めていた。模造紙を買いに行く日なんかは、私が母に買ってもらえなかった花柄のワンピースをリエちゃんが着て現れたことで、私はヘソを曲げ適当な理由をつけて行かなかったり、マジックやポスカで書いている最中も、私がポスカを上手に使えないためにリエちゃんを怒らせたりと、茨の道だった。

 なのに、それなのに、発表会に選出されてしまったがために、今さら「模造紙1枚は少ないからせめて2枚に増やして」と先生に言われ作業が増え、発表の練習のために一度、そして発表会当日も休日出勤となった。休日出勤は先生の方だが、学校の都合と先生のために休みを返上するのは損した気分だった。当日は、各小学校から本当に優秀な児童による面白い発表が続き、私もリエちゃんもさすがに場違いすぎて居心地が悪く恥ずかしかった。しかも私たちは1番最後の発表である。発表そのものも、他の子たちに比べるとただ書いたものを棒読みするだけの稚拙なもので、1番短くあっさりと終わってしまった。一番手で発表した10歳くらいの男児による「神社の狛犬について」よりずっと内容も薄い。発表の前後には司会のような中年男性が何か述べるのだが、仮説も考察も何もないこの発表に言葉をもらうのは子供ながらに気が引けた。すると「調べてみてどう思いましたか」と質問され、一切何も考えていなかった私たちは焦って目を見合わせ……ようとしたがリエちゃんにはスッと逸らされてしまった。あたふたしながら「大変だけどやりがいのある仕事だと思いました」というこの上ない薄っぺらな模範解答を吐き出し、劣等生っぷりを開陳して終わった。しかし悲劇はこれだけでは終わらなかった。

 この場には親たちも見に来ており、父はこともあろうにビデオを撮っていた。そのせいで、その日の夜は居間でビデオを見ながらの「大貶し大会」が始まってしまった。たまたま親戚か誰かが来ていたのか両親と一緒に居間で食事し、私は台所に避難してもそもそと食事をしていたのだが、隣の居間からは「なーにこれ!」「発表もただ読んでらだげだべ」「ったく」「ハア恥ずかしい」「チッなしてこうだべ……」「あー!」「うわあ!」と母とそれに同調する父による負け試合へのブーイングが延々と続いた。嫌なら見なきゃいいだろ、とはまさにこういうときに使う言葉だろう。しかも、発表会で幼稚園が一緒だった女の子と再会する羽目になり、いつの間にか優秀な小学生に成長していたために、母の「不出来な娘を持つ惨めさ」が余計に刺激されたのか、その後比較しては責められた。
 さらに翌日リエちゃんには「なんで私まで梅子のお母さんに怒られなきゃいけないの?」とクレームを受けた。私だって憤慨しているのに。そりゃ発表も内容もダメダメだが、そもそも人選ミスだろう。授業に沿っていなくても、誰か他の優秀な子を選抜してくれりゃよかったのに、と私は心の中で先生を責めることにした。それでも確実に言えることは、面白い研究発表は印象に残るもので、実はこの日以来ちょっとだけ狛犬に興味を持つようになった。神社に行くと左右の狛犬の足元や口元の微妙な違いを見るたび、「あの男の子が言ってた通りだ」とよく思い出している。

次回は1月17日(水)公開予定です。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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