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運動ができない人が頭の中で考えていること 第7話 マイムマイムが踊れない

 子供なりに、運動ができないことがなぜこんなにも心を苦しくするのかいつも考えていたが、いくつかの要因に行き着いた。
 まずは、運動が著しくできない子供はかなり少数でクラスに一人、二人しかいないため例外的な存在であること、それゆえ上手にできない場合には大多数の“ある程度できる人”に本人が頑張って合わせるという方法で解決させる、つまり学校や先生が何か具体策を取る必要があるとは思っていない点にあると思う。そのため運動が苦手な児童用のプログラムを組むとか、体力作りや速さを競わない競技の選択を可能にするとか、運動音痴を前提とした授業は行われない。たしかに、そんなことをしたら先生も大変である。そういうわけで先生からも「(あなたが)もっと頑張れ」と言われ続ける。
 次に、学校はだいたいそうだが特に体育はチーム競技が多く嫌でも連帯責任となる。誰かが失敗すればチームに点が入らない、ラリーが続かない、リレーなら遅い生徒のせいで順位が下がる。どうしたって運動の苦手な子供が、つまり私が、みんなの足を引っ張る形となる。さらに、人間のそれも子供なので、不快感を上手に隠して接するということは誰しもできるものではない。バレーのボールを取り損ねれば大きなため息とともに嫌な顔をされ、ドッジボールが怖くて逃げ回ればチームに貢献しない無責任さが際立ち、過剰にビクビクする様子は苛立ちを誘うので本気の一撃を喰らうこともある、そして当の私も体育という制度に納得していないので顔も態度も消極的で嫌々感がダダ漏れのため、いるだけでチームの士気を下げる名物厄介者。
 また、そうした不遜な態度は先生には反抗と見なされ、余計に目をつけられ「はい、冬野やり直し!」などと運動メニューを追加されたり、高校では50メートル10秒切るまで終わらせない、と永遠にダッシュさせられることもあった。
 最後に、スポーツマンシップという言葉が象徴するように、運動と精神は結びつけて考えられがちである。運動能力の高さは日頃の鍛錬と努力の賜物で(そこに異論はないが)、となると反対に運動能力の低さは、努力の足りなさ、怠惰さの表れ……当時は私もそう信じていた。“頑張り”が足りないから走るのが遅く、自分の足の遅さはみんなとの頑張りの差、みんなはもっと頑張っている、自分は頑張る精神がないから足が遅い、運動能力もとい精神がみんなより劣っているのだ、と運動能力が人間性に関わるような気がしていた。日頃クールで反抗的な生徒でも、なんだかんだ運動会では全力疾走して走り終わった後に爽快な表情を見せたりするので、さして接点のない生徒でも内心「お前の反抗心はそんなものなのか」と落胆したりした。純粋にスポーツに熱くなるクラスメイトの輪に入れず遠巻きに眺めていると、みんな夢中の運動会をこんなにも憎む自分は、やはり人間性に問題があるのだと後ろ暗い気持ちになった。

 ところで、これは当時から今でもずっと疑問なのだが、マイムマイムが踊れないというのはそんなにも罪なことなのだろうか。私はあの、メタルフレームのメガネをかけた学者のような松中先生があんなにも髪を振り乱し、まさに“キレ散らかす”という様子だったことが全く理解できない。ちびっ子の一人や二人、多少ダンスが下手でもどうでもいいじゃないか、今までだってそんな子供いただろうに……と不遜な態度で言いたくなる。

次回は12月20日(水)公開予定です。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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