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可愛いポーチを拾ったら折れ曲がった歯が1本入っていた理由

と、それからかれこれ20年近くの時が経った今では「よく自分はあの状況を真顔で乗り切れたな」と思うのだが、当時の私にしてみれば、「病院のお世話になるということはこんなにも情けなく、立場の弱いものなのか」と、健康であることの価値を身をもって痛感した経験なのであった。

ほぼフラットになった歯科の診察台上は、まさにまな板の上の……状態

飲みの席で私がそんな話を思い出して語っていたところ、その場にいた友人が「前に自分が歯医者で親知らず抜いた時と似てる!」と言った。

聞くところによると、友人が数年前に近所の行きつけの歯科医院に定期検診に行ったところ、親知らずに虫歯が見つかったらしい。「今後のためにもどうせなら抜いてしまった方がいいでしょう」と医師は判断したが、親知らずが斜めに生えているので、念のため口腔外科で処置してもらうことを勧められた。
「無理に抜くと神経を傷つける危険があり、口がうまく閉じなくなってしまうこともある」と、不安になるような話をされたという。

後日、紹介状を書いてもらって行った口腔外科は、大学病院内にあった。

「大きな病院で抜いてもらうことになったんですけど、名前を呼ばれて診察室に行ったらメインの先生とは別に研修生みたいな人たちが6人ぐらいいて。そういえば受付で問診票に記入した時に『研修医の立ち会いを許可する』みたいな項目があって、なにも気にせず『はい』に丸をつけてたんですよね」。

体がほぼ真っすぐになるまで深く倒された診察台の周りを、その研修医たちが取り囲んだそうだ。

「歯を抜くのはメインの先生で、周りの人はそれを見ながらカルテになんか書き込んでるみたいな感じでした。メインの先生が周りの人たちに説明しながら『ほら、ここがこうなってるでしょ。こういう場合は、こうやって、こうして……こう!』ってやったら、自分でもわかるぐらいスポーンって抜けて。
抜けた瞬間、みんなが『おおー!』って歓声をあげたから『ははは』って笑っちゃって。そしたらみんな一緒に『ははは』って」。

医師の腕がよかったのかあっけないほど簡単に友人の親知らずは抜け、診察室内が歓声と笑い声に包まれた。ちょっとしたパーティー状態。

「先生が抜いた歯を見せてくれたんですけど、その歯の根元がカクッと90度ぐらい曲がってて。『ここがすごく曲がってたから、みんな、おお!って驚いたんですよ』って先生が言ってました。『こんな風になってることってよくあるんですか?』って私が聞いたら『こんなに綺麗に曲がってるのは見たことがないです』って。で、『持って帰りますか?』って言われたから記念にもらって帰ったんです」。

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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