よみタイ

草むらに投げ捨てたはずの湯呑みが翌朝、教室の机の上に置かれていた恐怖

たまたま居酒屋で隣あわせた人と話が弾み、そのまま連絡先も交換せずに別れた。 電車の向かい側に座った人をずっと眺めていた。 一期一会といえばそれまでだけど、その時の会話が、表情が、何気ない何かがずっと頭に残って離れない…… スズキナオさんの毎日はそんなモノで溢れている。そこで湧き上がる気持ちを彼はこう表現することにした。 「むう」と。この世の片隅で生まれる、驚愕とも感動とも感銘ともまったく縁遠い「むう」な話。 誰にでもイキがってギザギザハートなお年頃があったものだ。 これは、そんな時のありがちな行動が招いた摩訶不思議な出来事。

真昼間の校庭で金縛りにあうなんて。それも二人同時に

電車に乗って車窓から町並みを眺めていた。ビルや住宅が立ち並ぶ景色が流れ過ぎていく中、ふいに水の張られたプールと小学校の校庭が現れた。

夏が過ぎ、プールは用済みとなってまた来年の夏の出番を待っている。校庭では紅白帽をかぶった児童たちが大きな円形を作るようにして座っていて、どうやら運動会の練習をしているようだった。そんな風景に懐かしいものを感じながらも、校庭の隅に走ったままの姿でピタッと止まっている生徒がいないだろうかと、私は目を走らせてしまうのだった。

私が中学生の頃のことだ。給食が終わって昼休みになるとみんな一斉に校庭に出ていく。その当時、私たちの間で流行っていたのは「イッサ」という遊びだった。校庭に靴のつま先で四角く線を引き、バレーボールを地面にワンバウンドさせてパスし合うというもので、卓球のピンポン球がバレーボールの大きさになって、卓球台が地面になったようなものとでも表現すればいいだろうか。誰がそれを始めたのか、なぜそれが「イッサ」という名前なのかまったくわからないのだが、とにかくそれが楽しくてずっとやっていた。

その日もその「イッサ」に夢中になり、まだまだ遊びたいのにチャイムが鳴って教室に戻る。あーもう午後の授業が始まってしまう……と憂鬱な気分でいたところ、さっきまで「イッサ」で遊んでいた仲間とは別の友人二人が興奮した様子で教室に戻るなり、私の机の前まで駆け寄ってくる。走ってきたのか、二人とも息を切らしながらしゃべり出した。

「さっきさ、俺たち、校庭で、走ってたんだけど、な」
「うん、二人で、何周もな」
「そしたら、いきなりさ、金縛りにあった!」
「俺もこいつも。二人、同時」

子供時代、校庭で遊ぶことは本当に楽しいものだった
子供時代、校庭で遊ぶことは本当に楽しいものだった

えっ? と驚いた私はもう一度二人の話を最初から聞き直した。

昼休み、友人二人は校庭いっぱいに大きく引かれたリレー用の白線に沿ってずっと走っていたそうである。競争するでもなく、二人でペースをあわせて校庭を何周もしていたのだが、ある瞬間、走っている途中で二人ともが突然金縛りにあったというのだ。一時停止ボタンを押して映像を止めたかのように、動作の途中でピタッと静止したという二人。どうにも動けずにいたところ、チャイムが鳴った瞬間に体に再び力が入り、二人で顔を見合わせたらしい。

いやいや、話を整理してもう一回改めて想像してみても、おかしいだろ、そんな光景。
各学年の生徒たちが勝手気ままに過ごし、追いかけあったり、鉄棒で連続逆上がりをしたり、あちこちでひっきりなしに歓声があがって騒がしい校庭の隅で、唐突に静止している二人。
本当かよ! と思ってしまうが、以来、頭の中に思い浮かべた「静止する二人」のイメージがこびりついて離れなくなってしまった。

“金縛り”というと怪奇現象や心霊体験の方に結びついて怖い感じがするけど、その二人の話にはそういった方向への怖さはなく、それを聞いた私は笑ってしまったし、二人も笑いながら話していた。

私は怪談話もそこそこ好きな方だが、「怖くないけど不思議な話」も大好きである。
怪談話の多くには起承転結があり、怖さのクライマックスに向かって進んでいくような感じだが、怖くない不思議な話の方は、ストーリー性に乏しかったり、終わり方が唐突だったり、いびつで生々しいのだ。

そして、そんな不思議な話でずっと印象に残っているものがある。

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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