よみタイ

可愛いポーチを拾ったら折れ曲がった歯が1本入っていた理由

たまたま居酒屋で隣あわせた人と話が弾み、そのまま連絡先も交換せずに別れた。 電車の向かい側に座った人をずっと眺めていた。 一期一会といえばそれまでだけど、その時の会話が、表情が、何気ない何かがずっと頭に残って離れない…… スズキナオさんの毎日はそんなモノで溢れている。そこで湧き上がる気持ちを彼はこう表現することにした。 「むう」と。この世の片隅で生まれる、驚愕とも感動とも感銘ともまったく縁遠い「むう」な話。 どんなに気をつけていても、人は医師や病院のお世話になることがある。 そして健康のありがたみをしみじみと噛みしめる「むう」な体験もするものだ。

20代の私を突然襲った体調不良と乳首の痛み 

20代の頃、体調のすぐれない日々が長く続いたことがある。あちこち検査した結果、甲状腺の不調が原因だということがわかった。先に結果から言うと、私の場合は程度が軽かったようで、処方された薬を飲むだけで快方に向かい、しばらくするとまったくもと通りに元気になった。

甲状腺とは喉仏の下あたりにある器官で、新陳代謝とか体温の調整に不可欠な「甲状腺ホルモン」というものを司っている。その甲状腺がバランスを崩すことで、やけに疲れやすくなったり、やたらイライラしたりと、色々なことが起こってくる。紹介された専門医で医師に聞いたところによると、一般的に女性の方が男性よりも甲状腺疾患になりやすいそうだった。

「どんな症状がありますか?細かいことでもいいのでなんでも言ってください」と医師に問われ、たくさん食べてもすぐお腹がすくこと、少し気温が上がると汗がダラダラ出まくって暑さに耐えられないこと、ちょっと歩くだけでも疲れてしゃがみ込んでしまうことなどを話した。

「それと……」私は言い淀んだ。
「それと? 何ですか」と医師。
「これは関係ないかもしれないんですけど、乳首が、痛くて」。

次々と私の乳首をつまみにくる若い新人医師たち

今思えば別に何も恥ずかしがることでもないのだが、当時の自分にとってそれを言うのには少し勇気が必要だった。「ああ、痛みますか。どっちの方が?」と医師。「両方ともです」と私。

体調がおかしくなってから少し経った頃から、なぜか徐々に乳首が痛み出したのだった。Tシャツがすれるだけで痛いほどだ。甲状腺ホルモンの影響でそのような症状が出ることが稀にあるらしい。
「確かにそういう症状が出ることもあるんですが、あっても女性がほとんどです。珍しいケースですね」と医師は言い、診察室の奥の方へ声をかけた。

すると新人の医師と思われる若い方が数名、私のいる診察室へ入ってきた。どうやら、レアケースに属したらしい私の症状はその若い方々にも説明されるようだ。貴重な検体ということだろうか。
「では、服を上の方まで持ち上げてください」と言われた私がTシャツをたくし上げたところ、医師が乳首を強くつまんでくる。
「これぐらいでどうですか?」「痛いです」「これぐらいでは?」「痛いです!」……そんなやり取りが続く。布でこすれるだけで痛いぐらいなのだから、つまんだらめちゃくちゃ痛いに決まっている。なんなんだ、この痛くて恥ずかしい時間は。

しかもそれだけでは終わらず、「なるほど……じゃあ○○さんも確認させてもらって」と、今度は若い医師が指名された。指名を受けた医師が申し訳なさそうに「では、失礼します」と乳首をつまんでくる。
「痛いです!!」「すみません……」
「こっちも痛みますか?」「はい!痛いです!」……もう嫌だ。

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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