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スズキナオ「この世の隅っこの「むう」な話」
たまたま居酒屋で隣あわせた人と話が弾み、そのまま連絡先も交換せずに別れた。
電車の向かい側に座った人をずっと眺めていた。
一期一会といえばそれまでだけど、その時の会話が、表情が、何気ない何かがずっと頭に残って離れない……
スズキナオさんの毎日はそんなモノで溢れている。そこで湧き上がる気持ちを彼はこう表現することにした。
「むう」と。
この世の片隅で生まれる、驚愕とも感動とも感銘ともまったく縁遠い、「むう」な話をとくとご覧あれ。

今や日々の暮らしにおいて欠かせない通販やネットショッピング。
理想に近いものを探してネットを見続けていたらあっという間に数時間……なんてこともあるでしょう。
今回はそんなお買い物にまつわる、苦笑しつつも誰もが身に覚えな「むう」の連打。

部屋のど真ん中でテントを広げて、たためないまま暮らした4日間

短パンを買おうと思った。それを穿いてどこへ行こうというのでもなく、せいぜい近所を散策するぐらいだけど、新しい短パンを買ったら気分が少しは上向きそうだと思ったのだ。

色は鮮やかな青がいい。古着で構わない。
そう思って「メルカリ」で探してみると、キリがないほど色々な種類のものが売りに出ている。その中から5つぐらいまで絞り込み、添えられた説明文や画像を何度となく見比べ、夕方から深夜までかけて最終候補を決定。念のため一度睡眠を挟んで気持ちを落ち着かせた上で判断することにして、翌朝ようやく購入ボタンを押した。

私の欲しい青い短パンは……これでもいいけど、これじゃない!

それから数日後に届いた実物は、しぶとく検討を重ねただけあって形もサイズもイメージ通りだ。
しかし、肝心の色味が思った感じと違う。自分が欲しかった鮮やかな青ではなく、ちょっと暗めの紺に近い青なのだ。
いや、悪くはないんだけど……ちょっと違うんだよなぁ。

考えてみれば、品物の写真は出品者がそれぞれの環境で撮ってアップしているわけだから、色味の判断はすごく難しいのだ。明るい場所で撮ったものと暗い部屋で撮ったものでは同じ色でも違うように映るだろうし、そもそものカメラの性能や設定によっても変わってくるだろう。もちろん、私がその画像をパソコンで見るかスマホで見るかなどによっても微妙に違ってくるはず。
そもそも、一口に青といったって群青色と空色では別の色だ。もちろん、判断ミスは私のせいであり、出品者にはなんの罪もない。仕方ないことだ。

とりあえずその短パンを穿きながら、結局私はまた「メルカリ」のアプリを立ち上げている。候補に残したうちの別の方を買えばよかったんじゃないかと、そんな後悔がいつまでも頭を離れなくて、「やっぱりこっちだったわ!」ともう一つ購入した。
しかし、驚いたことに、新たに購入したものも、開封してみれば最初に買ったのとほぼ同じ色。裾がちょっと長いだけだった。鏡の前で二つを穿き比べて、うなだれる。
この二つの短パンを使えば、超ハイレベルな間違い探しクイズが出題できそうである。

こうなると不思議なもので意地でも後に引けなくなってきて、「今度こそ!」の勢いで3つ目を購入。ようやく当初欲しかったイメージに近い鮮やかな青の短パンを手に入れたのだが、なんだか釈然としない。
「お気に入りの短パンを穿いて過ごす夏」にしたかったのに「同じ青い短パンをたくさん買った夏」になってしまっている。こんなはずじゃなかった……。

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スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。
WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。
著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、パリッコとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ"お酒』など。
Twitter●@chimidoro

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