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なぜ「効率の悪い旅行」を「失敗」だと思ってしまうのか?【こんな質問が来る 第7回】

社会学者の中井治郎さんが運用する「ジロウ」というX(旧Twitter)のアカウントには、匿名で質問を投稿できるウェブサービスを通して毎日50個以上の質問が届く。
ジロウがXに返答やリアクションを載せると、たびたびSNS上での「バズ」や時に「炎上」が起きる……

前回は、「誘うのはいつも私ばかり…」という友人関係の悩みを考えました。
今回、「旅行ジャンキー」を自称する中井さんが旅の楽しみ方を綴っています。
イラスト/みやままひろ
イラスト/みやままひろ

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「旅行を失敗だと感じてしまうことが怖い」

 たとえば、こんな質問が来る。

「旅行に行くと、これもできなかった、あれもできなかったと後悔ばかり残ってしまいます。旅行を楽しむコツはなんですか?」

 なぜこんな質問が来るのかというと、僕がふだんからことあるごとに「旅行ジャンキー」だと公言している人間だからなのだろう。

 単なる旅行好きと旅行ジャンキーの違いは何か。意外に思われるかもしれないが、これは「好き」の程度の問題ではない。

 旅行好きとは、通勤電車に揺られながら車窓の空を見て「次の休みはどこに行こうかな」と胸を躍らせる人たちである。一方、旅行ジャンキーとは、通勤電車に揺られながら車窓の空を見て、ふと「あ、そっか。今は旅行中じゃないんだ」と気がついた瞬間にみずおちのあたりにずんと重みを感じ、呼吸が浅くなり、思わずぎゅっと胸を押さえる人たちである。そして、命からがら旅に出ることができると、遠い旅の空の下でようやく深く安堵の息を吐く。そんな人たちである。

 僕はよく「旅行が切れる」という言い方をする。これは、しばらく旅行に出ていないと次第に体調やメンタルに不調を感じ始め、さらには「こんな生活に何か意味があるのだろうか……」などと、まるで中年の危機のようなことを考え始める状態である。

 そんなときにうっかり友人とベトナム料理屋などに入ろうものなら大変である。テーブルに座って何気ない世間話をしながら「まずはドリンクでも……」とメニューに手をかけたあたりで、急に左目から涙が流れたりする。「え、何かあったの!?」と同行者は驚くが、僕としては「あ、ごめん。最近、旅行に行けてなくて…」とよくわからないことを答えるしかない。誰も悪くない。僕がベトナム料理屋で左目だけで泣く理由は、ただ、しばらく旅に出ていないこと。それだけなのである。

 僕は酒もタバコもギャンブルもやらないのだが、そんな僕にとって切れると困るものが、現在の日本ではギリギリ合法な遊びで命拾いしたなと思う。依存ガチャとしては悪くない方だろう。

 健全に旅と付き合い、また余裕のある審美眼をもった目利きとして旅をしているのはおそらく「旅行好き」の人たちだと思うのだが、僕も(少々様子がおかしいとはいえ)よく旅行をしている人間にはちがいない。そこで、旅行を楽しむコツを問うこのような質問が来たりする。

 この質問者のように、限られた時間に予定されたタスクをそつなくこなし、見事すべてのノルマを達成したら成功と判定される営みとして、旅行を捉えている人は多い。もちろんそのようなスタンプラリー的な楽しみ方もあっていいのだが、それが数ある旅の楽しみのひとつという領分を超えて、「そうあらねばならない」と思い込んでいる人は少なくない。

 たとえばSNSやメディアで提示される旅のモデルに自身の経験を近づけていこうとするスタンプラリー的な旅行行動は別に現代特有なものではないが、コスパ・タイパが消費行動における倫理のようなものになってしまっている現代では、「効率の悪い旅行」を「失敗」だと思ってしまう人も多いだろう。もう一歩踏み込むなら、「その旅行を失敗だと自分が感じてしまうことが怖い」という不安かもしれない。

 いずれにせよ、旅先での失敗を楽しめない人が旅行を楽しむのはなかなか難しそうだなと思う。旅行という営みと根本的なところで相性が悪いからだ。なぜなら旅行はそもそも「何が起こるかわからない」という不便と失敗の渦中に自身を投げ込む遊びだからである。

 旅行とはまず、もっとも安心安全で予測可能性の高い日常の場を離れる営みである。そして、敢えて、アウェーの地で不確実性に身を晒す。ドライバーのおじさんが親切そうな顔で言う「ウーバーでは表示されているけど、今は渋滞の時間だからその道は走れないよ」という言葉をどの程度信用していいのか分からないような場所で、頭の中だけで立てた予定が万事無事に遂行されることの方が珍しいだろう。

 だから旅先で発生する不便や失敗は、実は「不測の事態」ではない。むしろそれこそが旅の王道である。だから旅行を楽しめる人と楽しめない人のちがいは、おいしい店を知っているとか、地図が読めるなどの失敗しないための資質とはあまり関係がない。重要なことは不確実性を楽しめるかどうかである。

 旅先での失敗を楽しめない人の話を聞いていると、「なるほど、この人は旅の経験が閉じているんだな」と思うことが多い。ここで僕がいう「経験が閉じている」とはつまり、その経験を他者に共有する点に価値を感じていないということである。

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新刊紹介

中井治郎

(なかい・じろう)
1977年、大阪府生まれ。社会学者。龍谷大学社会学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学。著書に『パンクする京都』『観光は滅びない』『日本のふしぎな夫婦同姓』がある。

X(旧Twitter)@jiro6663

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