2022.11.10
ヒトの祖先は陰謀論者のほうが生き残りやすかった?! 進化心理学で陰謀論を考える
ではなぜ人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめるのでしょうか?
進化生物学研究者の小松正さんが、進化心理学の観点から〈心〉のダークサイドを考えていきます。
前回は、「うつ状態」になることの進化上の意味を考えました。
今回のテーマは「陰謀論」。進化心理学の観点で浮かび上がるのは、かつては陰謀論を持ったヒトほど生き残りやすかったという衝撃の仮説です。
コロナワクチンと陰謀論
「コロナのワクチンて、本当に大丈夫なんですか?」
「なんか、マイクロチップが入っていて、操られるようになる、とかいう話ありますよね?」
新型コロナウイルス感染症対策としての行動制限が徐々に緩和されたことに伴って、私も外出の回数がひと頃よりは増えてきました。そうすると出先で上のような質問をされることが度々あります。私は感染症の専門家でもなければワクチン開発に携わったこともないのですが、 私が生物学研究者であることを知っている人たちからすると、 こうした質問をしてみたくなるようです。
「副反応のリスクを考慮しても、ワクチン接種したほうがよいというのが専門家の見解のようです」
「ワクチンの成分は厚生労働省のウェブサイトで公開されていますが、マイクロチップやその原料となる金属は含まれていません。マイクロチップ入りという話は、さすがにデマだと思いますよ」
対面の席で私がこのように答えると、たいていの知人は納得してくれます。しかし、インターネット上では、新型コロナウイルス感染症やそのワクチンをめぐる陰謀論は枚挙にいとまがありません。ちょっと検索しただけでも、「コロナワクチンを接種すると5Gに接続される」「コロナワクチンは秘密結社による世界支配の手段」といったような記述が次々と見つかります。
こうした陰謀論の拡大は、一般ネットユーザーによるものだけではなく、責任ある立場の人物によってなされることもしばしばです。昨年は、ベテランの県議会議員が「新型コロナ騒動は『闇の勢力』が計画した」「新型コロナワクチンは殺人兵器」などと主張した広報紙を支援者に配布し、所属する党から厳重注意を受けるという出来事がありました。
ワクチンについては、種類によっては副反応が生じることや、過去に発生した医療事故などから、安全性に不安を感じるひとがいることは想像できます。安全性を示す研究結果を見せられても簡単には納得しないというひともいることでしょう。しかし、世の中には、疑問の余地のない明らかな事実と思われることに対しても、そこに陰謀の存在を見出して異論をはさむ人たちがいます。特に極端な例として知られているのは、地球平面論者でしょう。彼らは、地球は球体ではなく平面であるとする地球平面説を主張しています。宇宙開発が進み、宇宙から地球を撮影した写真が存在する現代において、一体どうやったら地球が平面だと信じることができるのか、あまりにも無謀に思えます。しかし、地球平面論者によると、宇宙に浮かぶ球体である地球の写真はNASAの陰謀による捏造だというのです。地球平面説自体は古代から存在しますが、現代のそれは陰謀論と結びついているところに特徴があります。このように、陰謀を仮定してしまえば、極端に非現実的な考えであっても信じることが可能になります。
コロナ禍と呼応するかたちで、この1~2年の間に多くの雑誌・オピニオン誌で陰謀論の特集が組まれました。それらの特集では、陰謀論の世界的拡大を憂慮し、どのようにして陰謀論を食い止めればよいのかという観点からの議論が多いようです。そこでは陰謀論を信じる人達は浅はかであるという考えが暗黙の前提となっているように思えます。しかし、ヒトの進化を扱う研究者からは、私たちの祖先にとって、陰謀があるのではないかと疑うことはむしろ生存の可能性を高める適応的な性質だったのではないかという仮説が主張されているのです。今回はこの仮説を中心に陰謀論について考えていきたいと思います。
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