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ヒトの祖先は陰謀論者のほうが生き残りやすかった?! 進化心理学で陰謀論を考える

適応的陰謀論仮説

ヒトが陰謀論を信じてしまうメカニズムについては様々な観点から研究が盛んです。近年は進化の観点からそうしたメカニズムの起源や機能についての研究もなされています。特に注目されるのが適応的陰謀論仮説(注1)です。この仮説では、ヒトは陰謀を検知するための特別な心理的メカニズム(陰謀検知システム)を備えていると考えます。こうした心理的メカニズムは、かつて私たちの祖先が生活していた小集団からなる環境においては適応的であり、それゆえに進化したものと考えられます。適応的陰謀論仮説はあくまでも、こうした心理的メカニズムは過去において適応的だったと主張しているのであり、現代においても適応的であるとは主張していないことに注意してください。むしろ、こうした心理的メカニズムは現代社会には必ずしも適合していないと考えられます。アムステルダム自由大学の行動科学者ヤン・ヴィレム・ファン・プローイヤン(以下、ファン・プローイヤン)らの研究チームが2018年に発表した論文(注2)のなかで適応的陰謀論仮説を詳細に検証しているので紹介します。この研究は、進化に関連した仮説がどのようにして検証されるのかを示す好例です。

ファン・プローイヤンらは、陰謀論の一般的な定義を「悪意のある目的を達成するために密かに共謀している集団の存在を信じること」としたうえで、陰謀論に含まれる重要な因子として、①人・もの・出来事の因果関係についての思い込みがある、②共謀者の行為が意図的である、③共謀者が連合している(単独ではない)、④共謀者の目的は危険で有害である、⑤秘密の要素がある、の五つを挙げています。また、陰謀論のすべてが不合理というわけではなく、政治(ウォーターゲート事件)、組織(企業腐敗など)、科学(タスキギー梅毒実験など)において陰謀が実際に行われていた例があることを指摘しています。

ファン・プローイヤンらは、陰謀があるのではないかと疑う傾向がヒトの祖先において適応的な性質であったとするならば、ヒトの祖先集団では多くの陰謀が発生していて、それらが個体の生存や繁殖に実際に影響していたはずであると考えました。共謀した集団による計画的な殺人が頻発するような危険な状況においては、陰謀検出システムをもつことで陰謀に対抗しやすい個体のほうが、そうではない個体よりも、生存や繁殖に成功する可能性が高いと予想されるためです。

このように、適応的陰謀論仮説が正しいためには、ヒトの祖先集団では(妄想ではない)陰謀によって死亡する個体が多く存在したという前提(仮定)が必要になります。この仮定が成立しているかどうか、研究結果を確認してみましょう。私たちの祖先は狩猟採集社会で生活していましたが、狩猟採集社会では集団の暴力による殺人発生率が文明社会よりもはるかに高いことが示唆されています。例えば、南米の11の伝統的社会を対象とした調査では、成人の平均30%が暴力的に死亡しており、その死亡の大部分は襲撃や待ち伏せによって殺害されたものです(注3)。もう少し控えめな数値ではありますが、世界中の伝統的社会を対象とした別の研究においても、平均して死因の14%が集団による暴力となっています(注4)。さらに、こうした調査で得られた殺人発生率に関するデータを利用して、進化シミュレーションモデルを作成して計算したところ、これらの殺人発生率は自然選択のプロセスが実際に効果を生み出すのに十分なほどに高い数値であることが示されました。陰謀による殺人が多い状況下では、生き残りやすい個体のもつ性質(陰謀に対抗しやすい性質)が自然選択の結果として頻度を増やしていくことが予測されますが、その予測は十分に現実的なものであるという結果がシミュレーションによって示されたということです。こうした研究結果から、ヒトの祖先集団では陰謀によって死亡する個体が十分多く存在したという仮定は成立しているとファン・プローイヤンらは述べています。

さらに、ファン・プローイヤンらは、陰謀があるのではないかと疑う傾向がヒトの祖先において適応的であったのであれば、敵対的な集団の存在を強く意識した人ほど陰謀検出システムが活発に働くであろうと予測しました。陰謀検知システムは危険検知システムの一種と考えることができます。そのため、実際に危険の兆候が認められた場合により活性化するのは不思議ではありません。陰謀検出システムが活性化するとは、陰謀をより信じやすくなるということです。直感的にも納得しやすい予測ですが、ファン・プローイヤンらは多くの実証的な研究結果を示すことで、この予測が正しいことを裏付けています。例えば、ユダヤ人が自国を脅かす存在であるという思いが強い人ほど、ユダヤ人に対する陰謀説を信じやすいことが確認されています(注5)。異民族は敵対的な集団とみなされる典型例です。ユダヤ人を敵対的な集団として強く意識している人は、陰謀検出システムが活性化して、ユダヤ人に対する陰謀説をより信じやすくなるというわけです。

ファン・プローイヤンらは、適応的陰謀論仮説が正しいものである場合に必要とされる仮定や導かれる予測を、ここで紹介したものを含めて多数列挙したうえで、それらの仮定や予測に関する研究結果を詳細に検討し、最終的に適応的陰謀論仮説は妥当であると結論しています。

確かに、文明化される以前の人類の社会は相当に暴力的であり、殺人も現代とは比較にならないほど頻発していて、敵対する集団から命を狙われることも珍しくない状況となれば、陰謀の存在を想定し、隙を作らぬように慎重に行動することが身を守るために重要だったことは、想像に難くありません。陰謀があるのではと疑うことで、私たちの祖先の生存や繁殖の可能性が高まることがあっても不思議ではないでしょう。ファン・プローイヤンらの研究の意義は、進化の観点に基づいたこうした考え方が、単なるなぜなぜ話ではなく、エビデンスによって裏付けられた有力な仮説であることを示したことです。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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