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ヒトの祖先は陰謀論者のほうが生き残りやすかった?! 進化心理学で陰謀論を考える

促進要因と救済策

陰謀論的思考を促進する要因としては、ストレスや不安の高まりが知られています(注6)。陰謀論者は、善良な人々が不幸に見舞われやすく、世界は不公平であると考える傾向があります。自分のような善良な人間が困難に陥っているのは、自分が悪いからではなく、世界が不公平であるからだと考えるわけです。また、陰謀論者に見られる自己中心的性質や間違っているのは世の中であると考える傾向などが、パーソナリティ障害の特徴と重なっているという指摘もあります。

陰謀論がエコーチェンバー現象によって拡大することも確認されています(注7)。エコーチェンバー現象とは、ソーシャルメディアのユーザーが、自分と興味関心が似通ったユーザーを多くフォローした結果、自分の価値観を肯定するような情報ばかりを目にするようになる現象のことです。エコーチェンバーとは内部で音が反響する共鳴箱のことです。自分がエコーチェンバーの一部となっていることに気づかぬまま、価値観の同じ人とばかりコミュニケーションをすることにより、実際には少数派であるにもかかわらず、自分の考えが世間の標準であると誤解してしまう危険性が指摘されています。

陰謀論者が社会に害をもたらす場合が少なくないことは周知の事実です。陰謀論者となってしまった友人や家族に対して、こちらが真剣であることを示したくて、強い言葉をぶつけてしまう人もいることでしょう。しかし、陰謀論を信じている人を怒鳴りつけても、彼らの考えは変わりません。陰謀論に関する研究者の多くは、陰謀論者の主張を正面から強く否定することはむしろ逆効果になると述べています(注6)。陰謀論者と話をするさいには、傾聴しようとすること、相手の話を真剣に聞いているという態度を示すこと、上から目線を避けることが推奨されています。このように救済策について研究がなされてはいるものの、残念ながら、決定的に有効な方法は確立できていないというのが現状のようです。

陰謀論に陥らないために

そもそも陰謀かもしれないという疑いを抱くこと自体は必ずしも悪いことではありません。何事についても本当に陰謀が画策されている可能性はゼロではないでしょう。今回紹介した適応的陰謀論仮説はまさにこうした観点から作られた仮説です。

しかしながら、すべての危険検知システムがそうであるように、私たちのもつ陰謀検知システムも誤報(間違った警報)を生み出してしまうことがあります。新型コロナウイルス感染症の世界的流行やウクライナ情勢などの国際緊張により人々の不安が高まっていることに加えて、エコーチェンバー現象のようなインターネット空間の構造的問題が存在するとなれば、現在の私たちの陰謀検知システムは過敏になっており、その結果、事実とは異なる陰謀論が数多く発生しても不思議ではありません。

適応的陰謀論仮説に基づくと、私たち人類は、陰謀があるのではないかと疑うようにできているとも言えます。だからこそ、そうしたヒトの特性につけ込む人たちに騙されないように、あるいは、自ら誤った結論に陥らないように、自分の頭の中に生じてくる疑念をそのまま結論とするのではなく、一度は事実に基づいて検証するという姿勢が重要です。例えば、新型コロナウイルス感染症に関する情報に疑念が生じたのであれば、専門家や公的機関が公表している一次情報(研究者が自ら行った調査や実験で得た情報)を確認することが求められます。

事実と異なる陰謀論に陥らないためには、私たちには陰謀の存在を疑う傾向があることを自覚したうえで、自分の疑念が間違っている可能性を踏まえて、自身を俯瞰的・客観的に見つめることが必要でしょう。今回紹介した適応的陰謀論仮説に関する議論のように、私たち自身を進化の観点から理解していこうというアプローチは、そうした自覚や気づきを獲得する有効な方法と考えられます。

 連載第3回は12/8(木)公開予定です。

このコラムの著者である小松さん協力のもと、役者の米澤成美さんが作成したコラボ動画も公開中です!

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新刊紹介

小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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