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防御反応としての「うつ」──「心の強制終了」が生存に役立つ理由とは?

【注釈】

注1:ハフィントンポスト日本版(2015年04月02日).庵野秀明さん「僕は壊れました」 うつ状態だった彼が、ゴジラ総監督を引き受けた理由

注2:『シン・エヴァンゲリオン』でのシンジのうつ回復プロセスは正しいのか、専門家に聞いてみた 

注3:国際プロサッカー協会「FIFPRO」によるメンタルヘルスに関する調査(2015/10/6 発表)

注4:川上憲人 厚生労働省厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別事業「心の健康問題と対策基盤の実態に関する研究」, 平成14年度分担研究報告書 2003

注5:咳、発熱、下痢、嘔吐などの感染症の典型的症状は身体の防御反応とみなせます。咳は、異物を吐き出すための反応です。発熱して体温を高くすることは、病原体の増殖を抑制する効果があります。下痢は病原体を体外に排出しますし、鼻水は異物を押し流します。病原体に感染するとこれらの症状を呈する性質は、進化の過程で生存に有利となるように獲得されてきたものです。

注6:今日の生物学ではヒトの性質については特に、遺伝か環境か? あるいは、氏か育ちか? という二者択一の問いは時代遅れとみなされています。どの性質にも遺伝と環境の両方の影響があり、それらがどのような状況下でどのように相互作用しているのかという観点が重要になっています。

注7:個体群の中に様々な遺伝子が存在し、ある遺伝子Aをもつ個体が生存や繁殖で有利になる状況があれば、遺伝子Aをもつ個体はより多くの子孫を残すことになり、遺伝子Aの頻度は次世代で増加することになります。これが自然選択です。ある遺伝子の作り出す性質が何であれ、その性質が結果として個体の生存や繁殖の機会を高めるのであれば、自然選択は働きます。咳や発熱を生み出す遺伝子は、それらの遺伝子をもつ個体の生存や繁殖の機会を高めることで、世代を経るにつれて集団中で頻度を増やし定着したと考えられます。防御反応が進化したということは、具体的にはこうしたプロセスが進行したということです。

注8:進化という言葉は日常的には、より高等な状態に変化するという意味で使われることが多いです。しかし、生物学における進化の定義には、高等という概念は含まれていません。こうじた日常的な意味と生物学における定義の違いが、様々な誤解や混乱を生み出しているようで、注意が必要です。生物学における進化の定義は「世代を超えて伝わる性質に生じる変化」です(河田雅圭『はじめての進化論』講談社 1990年)。世代を超えて伝わる性質は遺伝的性質と呼ばれます。遺伝的性質が変化するということは遺伝子が変化するということですから、進化を「個体群内の遺伝子頻度の変化」と定義することもできます(岩波生物学辞典)。

注9:進化生物学を医学に応用する進化医学の第一任者であるネシーもこのことを強調しています。例えば、肺炎患者の典型的な症状は顔の青白さと激しい咳です。顔の青白さは、酸素不足によってヘモグロビンの色が暗くなるため生じます。酸素不足は体の欠陥であって、顔の青白さには特に有用性はありません。咳は防御反応ですが、顔の青白さはそうではないのです。Nesse, R. M. and G. C. Williams. 1995. Why We Get Sick: The New Science of Darwinian Medicine.New York, Times Books. 長谷川眞理子、長谷川寿一、青木千里(訳)、2001年、『病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解』新曜社

注10:発熱の場合は、病原体の増殖を抑えるというプラスの側面と同時にマイナスの側面もあります。発熱時は栄養の消費量が多くなりますし、男性の場合は生殖機能に悪影響が生じることがあります。進化医学の観点からは、こうした発熱のプラス・マイナスの両面を考慮して、免疫システムを最も有効に働かせる体温は何度なのかを検討しながら治療方針を決めることになります。

注11:Stevens, A. and J. Price. 1996. Evolutionary Psychiatry: A New Beginning. London: Routledge.

注12:McGuire, M. T. and M. J. Raleigh. 1987. Serotonin, social behaviour, and aggression in vervet monkeys. In Ethopharmacology of Agonistic Behaviour in Animals and Humans. Volume 7 of the series Topics in the Neurosciences: 207-222.

注13:「自殺既遂者に対する調査からは、うつ病等の気分障害が自殺の要因として特に重要であることが明らかになっており、厚生労働省における自殺対策においても、その中核となっているのはうつ病対策です。」 自殺・うつ病等対策プロジェクトチームとりまとめについて 厚生労働省ホームページ

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新刊紹介

小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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