2026.6.3
とにかくヒリつきたい男〈新人賞界のバーサーカー〉ナオキ【新人賞コンプレックス 第2回】
小説家としてデビューするまで「8浪」かかったという大滝さんは、現在でも「新人賞コンプレックス」を抱えているそうです。
そんな大滝さんが、強烈な「新人賞コンプレックス」を抱えた人間たちを描く、前代未聞のエッセイです。
前回、大滝さんが「新人賞コンプレックス」に罹患した経緯が語られました。
今回は、「新人賞界のバーサーカー」についてのエピソードです!

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デビューしてもう何年も経つのにまだ新人賞の話ばかりしている恥ずかしい作家がいる。私である。
前回は主に小説書きにとって新人賞は何か、そして新人賞に振り回されてた私の作家人生について一節打たせてもらった。
おさらいすると、24歳やそこらの若造だった私は新人賞の予選に通過してテンションをぶち上げていた。それはもう、デビュー作でそのまま芥川賞も受賞し、村上春樹との記念対談では「村上さんの『ねじまき鳥クロニクル』は「僕」という身体から「世界」という身体への拡張に成功したんですよ」と鋭く指摘すると、かの日本文学界の重鎮は気難しい表情──しかし新時代の才能との邂逅の歓喜から僅かに口角が吊り上がっているのを隠しきれていない──を保ちつつ、「あるいはね」とだけクールに応じるシーンを鮮明に描けるほどの浮かれっぷりだった。
しかし現実はそううまくいくものではない。8年ほど新人賞で苦渋を舐めるハメになった私は、友人から尻を叩かれるかたちで書いた短編で命からがらに小説家となった。あとは逞しいサバイバーというよりは姑息な敗残兵のような立ち回りで生き延び、いまに至る。
もし新人賞を獲っていたら……と何かにつけて思ってしまう私の病──それが「新人賞コンプレックス」だ。デビューから最初の単著を出版するまでの地獄の5年間があるからこそ、私は小説家志望者から相談を受けるたび「新人賞でデビューした方が絶対に良い」と答えている。
小説家になるための登竜門としての新人賞──おそらくそう考えるのが常識なのだが、そんなものが一切通じない新人賞界のバーサーカーを私は知っている。
今回は新人賞応募者のなかで最も純粋な男、ナオキを紹介しよう。
コスパ最強の趣味、それが「新人賞」
ナオキはパッと見は温厚そうなふつうの中年男性だ。堅実な職に就き、郊外の街に居を構え、ときおり子煩悩な一面も見せる彼の趣味は「ゲーム」だ。麻雀、囲碁、将棋、カタンや人狼、あと何度聞いても名前を1文字足りとも覚えられないカタカナのゲームなどをプレイしている。
彼は「勝ち負け」が好きなのだ。とにかく勝負のなかに身を投じ、ヒリつきたいと言う。しかし、勝ち方にもこだわりがあり、事前に立てた戦略を駆使して「すべてを読み切って勝つ」ことを美学としている。
もともと小説は好きで、大学生の頃はミステリー研究会に所属していたというナオキ。当時小説を書いたりはしなかったらしいのだが、社会人となり、ひとりでできる趣味としてなんとなく書き出したのがはじまりだった。ただ書いただけでももったいないので、どうせなら……と公募新人賞に応募したのが初応募だったとのことで、それはファンタジー小説の新人賞だったそうだ。
ここまではありふれた話だ。しかしあることをきっかけにナオキを狂気の応募者に変貌する。
ナオキはあるトークイベントを観覧した。それはとある新人賞の最終選考も兼ねたもので、選考委員は最終のみならず「下読み」も担当しているという、当時としてはけっこう珍しいスタイルで運営されている賞だった。
前回も軽く説明したが、ここでひとつ新人賞豆知識を。「下読み」とは新人賞の予備選考のことである。「選考委員」や「審査員」と呼ばれるのは最終選考の担当者で、下読み担当者は非公表が一般的である。
この名もなき「下読み」の審査を突破するのが応募者にとって大きな壁なのだが、私の体感としてここはガチャ要素(=運)が大きい。小説は書き手も読み手も未熟でしかない世界なので、技術的に一定水準を超えていると合う/合わないの問題にならざるを得ず、「万全を尽くして完成度を高めたのに1次落ちだった」というのはめずらしくない。そして、ある新人賞で1次落ちした小説が別の賞で受賞したケースなんて探せばいくらでもある。それどころか「同じ新人賞に2年連続まったく同じ小説を出したが、1年目は1次落ちで2年目は受賞だった」という極端な例を私はひとつ知っている。
話を戻そう。その新人賞トークイベントを観覧していたナオキはヒートアップしていく議論に衝撃を受ける。そこにあったのは純然たる勝ち負けの世界だ。選考委員全員が一癖も二癖もある人物だったが、だからこそ「簡単ではないが、勝てない戦いではない」と直感した。
新人賞とはなにか──私はナオキに訊ねた。
「高度に作り込まれたゲームです」そして彼はこう続ける。「新人賞最終候補に残ったヒリつきは得難いものがあります。無料でこんだけヒリつけるのですから、新人賞は本当にコスパ最高の趣味ですね」
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