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ついに推しの卒業式当日──しかし柴田勝家は別のメイドカフェで……

秋葉原にいた、が……

 10月末、織田きょうちゃんの卒業式の当日。ワシは確かに秋葉原にいた。

 しかし、別に卒業式に行くつもりはなかった。この日、近くのレンタルスペースで戦国メイド喫茶を卒業した豊臣めめちゃんの一日限定メイドカフェが開催されていたのだ。メイドさんを卒業しても、こうして個人イベントとして交流の場を設けてくれる人がいる。

 というわけでワシはめめちゃん(元)に会いに秋葉原に来たのだ。このエッセイで第一回から登場していたのは、この結末へ着地するための伏線だったのだ。

「めめちゃーん! 久しぶりじゃあ!」

「あれ?! 勝家さん、きょうさんの卒業式いいの?」

「ワハハ! 構わん構わん、今日はめめちゃんに会いに来たからな!」

 カフェ風に内装を整えたレンタルスペースには、早くも満員のお客さんがいる。それも戦国メイド喫茶で見かける常連たちである。彼らも織田きょう卒業式より、この限定カフェに来ることを選んだ者たちだ。

「かっちゃーん! 織田軍筆頭が来ちゃマズいでしょ!」

「ええんじゃ、ええんじゃ!」

「おーい!」

 常連たちから野次が飛び、それに応えれば笑いが返ってくる。少し前の戦国メイド喫茶の風景がそこにあった。苦しい思いをして店に行くよりも、ここで気の合う仲間たちと過ごす方が良いのだ。

 しかし、そう強がってみても不思議と気分は晴れなかった。

「本当、行かなくていいよ。卒業式なんてな」

 そう一人寂しく呟いてみれば、やはり本心は別にあると伝わるものである。

「かっちゃん」

 ここでワシの背中を叩く人がいる。隣の席に座っていた、だいちゃんという戦国メイド喫茶の友人だ。彼はワシを心配してくれているようだった。

「本当に後悔しない?」

「はは、当たり前じゃ! あんな酷い別れ方して、これで行っても向こうも喜ばん」

「俺さ、後悔してるよ。自分の推しの卒業式に行かなかったこと」

 ハッと息を呑む。このだいちゃんには、かつてワシと同じように推しと大喧嘩をして店に来るのを止めてしまった過去があったのだ。

「どんだけ嫌いになってもさ、やっぱり最後は見ておきたかったよ」

「だいちゃん……」

 寂しげなメイド喫茶オタクの横顔がある。もし他の誰かに「行った方がいいよ」と言われても、きっとワシは軽く流していただろう。だが、だいちゃんの一言はあまりにも重かった。

「行きなよ、かっちゃん。かっちゃんはさ、まだ間に合うんだから」

「だいちゃん……!」

 いくらか逡巡した後、ワシは静かに席を立った。会計を済ませ、限定カフェを出ることを選んだ。まだ確定ではない。卒業式の様子を少し見に行くだけだ。もしも満員で入れなければ、すごすごと退散したっていい。

 そうやって何度も自分に言い訳をした。

「じゃあ、行ってくるよ」

 簡単に心変わりしたダメなヤツとして笑われるかと思った。しかし、その場にいた常連たちの表情は優しかった。誰もが「行ってきな」や「見届けなよ」と声をかけてくれる。

「勝家さん、いってらっしゃい!」

 この場の主役であるはずの豊臣めめちゃん(元)でさえ、ワシを快く送り出してくれた。だからワシは、織田きょうちゃんの卒業式に出るために秋葉原を駆けた。

 秋葉原を歩きながら、ワシは推しのことを思っていた。

 最初は変な女の子だと思った。自信なさげで、空気も読めない。メイドさんとしては欠点だらけだった。ただ歌が上手くて、ひたむきに頑張る子だった。

 そんな子が、ワシの推しだった前田きゃりんちゃんに憧れて、店で一番のメイドさんになると宣言してみせて、実際に多くの人たちに愛されて織田という名前まで得た。問題も多くあったが、その度に喧嘩をして、仲直りし続けた。

「どうして、推すのを止めなかったかって」

 推しとは、不思議なものである。どれだけ好きになっても恋人にはなれないし、どれだけ嫌いになっても他人にはなれないのだ。

「ダイスキでダイキライだから、かな」

(つづく)

 次回連載最終回は10/27(木)公開予定です。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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