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感動のフィナーレ!柴田勝家が最後に辿り着いた、推しと向き合うということ

マツコ・デラックスが驚愕し、神田伯山を絶句させた、異形のSF作家・柴田勝家。武将と同姓同名のペンネームを持つ彼は、編集者との打ち合わせを秋葉原で行うメイドカフェ愛好家でした。2010年代に世界で最もメイドカフェを愛した作家が放つ、渾身のアキハバラ合戦記。

前回、ついに「推し」の卒業式当日になるも、複雑な感情からお店に行けなかった柴田さん。
しかし、様々な人に背中を押され……柴田さんは、これまでの思い、関係にけりをつけることができるのでしょうか…?
長かった戦国メイドカフェ連載、ついにフィナーレです。

「はぁ~~、行きたくねぇ~~!!」

 前回、推しである織田きょうちゃんの卒業式に出るために秋葉原を駆ける名シーンで引きとした。だから今回は颯爽と駆けつけたワシのカッコいい姿からスタートするはずである。

「はぁ~~、行きたくねぇ~~!!」

 だが、ワシは別のメイド喫茶で大きな溜め息を吐いていた。

 ここは戦国メイド喫茶とは同じビルにある店で、幽霊をコンセプトにしたものだ。あちこちでクラシカルなメイド服に身を包んだ幽霊メイドさんがお給仕している。以前、戦国メイド喫茶の営業時間が短縮した頃があり、すぐ行ける別店舗ということでハシゴすることの多い店だった。

「あれ、勝家さん。今日って織田さんの卒業式じゃないの? 下にスタンドフラワーあったけど」

「心を整えてる……」

 幽霊メイドさんからの言葉を受けながら、実際に一時間くらいかけて心を整えた。きょうちゃんとの仲は最悪で、いざ行くと決心してもなお重いものがある。

「仕方ない、行くかぁ~~。でも、混んでたら帰るからよぅ!」

 そんな強がりを見せ、ワシは幽霊メイド喫茶を抜け出して戦国メイド喫茶へ行くこととした。同じビルだから、ほんの一分と経たずにワシは戦国時代へタイムスリップできる。決心したというのに緊張感は増すばかりだ。

 そしてワシが戦国メイド喫茶に入店してみれば。

「あっ!」

 と、出迎えに来たメイドさんがこちらを見て声を上げる。藤堂高虎の娘である藤堂かるちゃんだ。

「勝家さん、やっと来たぁ!」

「入れる?」

 そう問いかけると、かるちゃんは複雑そうな顔を見せる。

「うーん、外で待ってる人たちが沢山いて……」

「なるほど。帰るね」

「わぁ、ダメぇ!」

 怖気づいて帰ろうとするワシに対し、かるちゃんは必死の叫びとともにジャケットの袖を掴んでくる。メイドさんの方からお客さんに触れてくるのは異例だ。思わず、といったところだが、かるちゃん自身も思うところがあったのだろう。きっと彼女もワシときょうちゃんの仲違いを心配してくれてるのだ。

「わかった、待とう」

「うん、ごめんねぇ……」

 ワシは店の入り口から回れ右、非常階段の方に伸びた待機列に合流しようとする。その背後から聞こえてくるのは店内の楽しげな声。卒業式は滞りなく行われているのだろう。もし今日まで何もなかったならば、ワシもそこにいて、悲しみながらも楽しく笑って推しの卒業を見届けていたはずだ。

 ふとスマホで時間を見れば夜七時過ぎで、あと三時間もすればイベントも終わるところだった。このまま行列の最後尾に並んでも、会えるのは一時間もないかもしれない。

 だが、それで良いと思った。推しと仲直りする必要はない。ただ周囲には、ちゃんと織田軍の筆頭も駆けつけた、と見せておけばいい。きょうちゃんに花を持たせ、ワシはヘラヘラと笑って過ごせば良いだけだ。

 そんなことを考えつつ、重い扉を開けて非常階段へと出てみれば。

「かっちゃん!」

 すると列の先頭にワシの知る常連の顔があった。

「てんさん」

 その人は以前にも登場した、てんさんという常連さんだった。遠く長野から今日のために駆けつけた人で、パピさんの上司ということで、以前から織田軍と仲が良かった。

「良かったぁ、来たんだ」

「ああ、ええ……、まぁ」

 ワシが歯切れ悪く答えると、てんさんは自身のスマホでどこかに連絡を取り始めたようだった。それを横目に、薄暗い階段を一段ずつ下っていく。下の階まで伸びる待機列には見知った顔も多く、彼らに挨拶をしながら最後尾を目指した。

「かっちゃん、待って! 電話!」

 外の路地が見える踊り場まで来たところで上方から声がかかった。てんさんがスマホをワシの方に差し出してくる。こんな時に、一体誰がワシに連絡を入れるというのだろうか。疑問に思いながらもワシはスマホを受け取った。

『おう、勝家。来たか』

 電話口から懐かしい声がした。

「のぶにゃん!」

『おう、俺じゃ』

 この場には来ていない、メイド喫茶から足を洗った元織田軍からの電話だった。

『スタフラ見たか? 用意しといたわ。俺はそっち行かんけど、最後くらいはな』

「のぶにゃん!」

 彼もまたワシと同じ気持ちだったらしい。どれほど愛想を尽かしても、やはり推しへの思いはある。だから織田軍として最後の仕事を果たしたのだ。

「立派にやってるじゃねぇか」

『勝家も、なんだかんだ言って最後は行ったんやな』

「ああ、ま、入れるかどうかは別じゃが」

『行っただけ偉いわ。じゃ、頑張れよ』

 何を頑張るんだなどと笑いあった後、ワシは階段を上がっててんさんにスマホを返しに行く。ワシは晴れ晴れとした顔をしていたと思う。これまで憂鬱だった気分も、同じ境遇の戦友からの言葉ですっかり消えていた。

 そんな気分が伝わったのだろうか。

「かっちゃん、列変わるよ。俺の代わりに一番に入りな」

 スマホを受け取ったてんさんがそんなことを言い出した。

「てんさん、でも……!」

「織田軍の筆頭がいないんじゃさ、カッコつかないでしょ」

 望外の申し出だった。てんさんだってきょうちゃんと多く話したいはずだ。それでも、織田軍を逃げ出したワシに道を譲ってくれるという。

「だが、てんさんが良くても、その後ろにも他の人が……」

 チラ、と後ろの人たちを見る。しかし、彼らもまた一様にワシに向かって頷いていた。

「行ってくれよ! 勝家さん!」

「織田軍の力、見せてやってくれよ!」

 さすがにこの文言自体はフィクションだが、そんな調子で他のお客さんもワシのことを送り出そうとしてくれた。中には訳もわからない人もいたかもしれないが。

「みんな……! へっ、仕方ねぇな!」

 ワシはその場の人々に深く感謝した。ただメイド喫茶に入店するだけだというのに、多くの人が協力してくれたのだ。胸を熱くしないはずがない。

「行ってくる。ワシが織田軍筆頭……柴田勝家じゃあ!」

 推しの卒業式に向けて、ワシは一歩を踏み出した。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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