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ついに推しの卒業式当日──しかし柴田勝家は別のメイドカフェで……

柴田勝家が泣いた夏

 織田きょうちゃんと仲違いする前、たしか夏の日のことだったが、ワシは戦国メイド喫茶で人知れず泣いたことがある。悲しかったのではなく、感動して泣いたのだ。

「かっちゃん! ちょっと待っててね、仕事終わらせるから!」

 その日、きょうちゃんはカウンターの内側にいてドリンク作りやらの作業を一人で担っていた。店は相変わらずの盛況ぶりで、次々と注文が入り、それを彼女がテキパキとさばいていく。フードの注文をキッチンへ届け、ビールサーバーを完璧に使いこなし、コリンズグラスに入れた氷を華麗にステアしていく。後輩メイドさんに指示を出し、カウンターで暇そうなお客さんがいれば優先的に話しかけていた。

『うわぁ! なにすればいいかわかんないよぉ!』

 数年前、初めてカウンター作業を任された新人時代のきょうちゃんは、そんなことを言ってあたふたしていた。ワシはそれをカウンターで眺めていて、大いに先行きを不安に思ったはずだ。しかし月日は人を成長させたようで、今ではきょうちゃんが一人で店を切り盛りしていた。

「あれ!? かっちゃん、泣いてるの!」

 と、ここで突如として現実に引き戻される。横を向けば、そこに伊達政宗の娘であるメイドさん、伊達みゆなちゃんがいた。ワシに注文を取りに来たようだが、一人で涙するワシを見て驚きの声をあげていた。

「む、すまん。きょうちゃんが頑張ってる姿を見て、少し感極まってな。」

「えー、泣かないでぇ、私も泣きそうになっちゃう!」

「きょうちゃんには言わんでくれよ、心配されるからな」

「わかった~、言わない~」

 もらい泣きのみゆなちゃんに注文を任せつつ、ワシは遠くカウンター内で働くきょうちゃんに視線をやった。かつては自信がなさそうで、お世辞にも要領がいいとは言えなかった彼女が、人の上に立って先陣を切っているのだ。

「よーし、次はライブの注文だよね!」

 きょうちゃんはカウンターから出て、お立ち台の上へと上る。

「それじゃあ、聞いてください」

 ここで歌うのは「AXIA~ダイスキでダイキライ~」という一曲。アニメ『マクロスΔ』の挿入歌で、作中では凄絶なマクロス(戦闘機)同士のドッグファイトの中で歌われるシーンが何よりも印象的だ。力強くも切なく儚い歌で、まさに「想いを伝えきれないままの別れ」を描いた歌詞とアニメ本編の内容がリンクする名曲である。

(やっぱり、きょうちゃんの歌は好きだな)

 想いを込め、その一曲を歌い遂げる彼女がいる。思い返せば、ワシの最初の推しである前田きゃりんちゃんも歌が上手くて、特に好きだったのが『マクロスF』の「ダイアモンドクレバス」だった。卒業式の直前にその歌を聞き、思わず涙したのも遠い過去のことだ。それが巡り巡って今、新しい推しが新しい時代のマクロスの歌を歌ってくれているのだ。

「──永遠のフリをした薄情な情熱」

 それは歌詞の一節だ。しかし、それが今のワシの気持ちを言い当ててくるようで悲しくなってしまう。お互いに気持ちが離れてしまっても、永遠のフリをし続けなくてはいけないのだから。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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