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柴田勝家、地上波バラエティ『松之丞カレンの反省だ!』で大活躍の巻

大友宗麟の娘に白羽の矢が

 しかし、一方で事件も起こっていた。

「あの、柴田さん……」

 前日に撮影許可を取りに来ていたスタッフの人が、離れたところで撮影が進む中、ワシの方へとやってきた。

「この後、ライブをやってもらう予定なんですけど、その、いわゆるコールみたいなのってできますか?」

「はぁ、まぁ、一応はできますが」

 コールというのはアイドル文化ではおなじみ、曲に合わせて観客が盛り上げる合いの手だ。これは単に手を叩くものから、以前にも登場したケチャ、あるいはペンライトを振ってのヲタ芸、さらに独特な掛け声の連呼などと、様々な表現を組み合わせて行われる。

 ワシも秋葉原の住人として、自然と体が覚えてしまったものでもある。

「では、その、お願いしたいんですが」

 そんなことをスタッフの人は言うが、ふと店内を見回したワシにイヤな予感があった。

「やべぇな、いつもより常連いないじゃん」

 さっきも伝えたように、この週は戦国メイド喫茶でコラボ企画が絶賛開催中で、客の大半は新規の人だ。しかもゴールデンウィーク中とはいえ前半の平日で、遠方の常連客などの姿は見えない。さらに間の悪いことに、早い時間だったこともありライブを歌えるだけのメイドさんもいないという。

 そんな中、白羽の矢が立ったのは未だに新人の大友みらちゃんだった。大友宗麟の娘である彼女だが、急に歌うことになって非常にアワアワとしている。

「待ってくださいよぅ、私、歌とか全然覚えてないですからぁ」

「え、何ならいける……?」

 ライブの時間が迫る中、ワシらとみらちゃんの間で選曲タイムが始まった。

「AKB系はいけます」

「AKB系はワシ、コールできない。『God knows…』なら盛り上げられるんじゃ?」

「あ、それ歌えませーん」

 そんな紆余曲折を経て、選ばれたのはBuono!の『初恋サイダー』だった。この曲は地下アイドル界、さらにはメイド喫茶界隈でも歌い継がれている名曲だ。コールも入れやすく、見栄えもするだろう、という判断だった。

「でも私、ほんとに人前で歌ったことないですよ……。覚えてるってだけで……」

「いけるいける! やるしかねぇって!」

 そう、本当にやるしかないのだ。

 振り返れば店内に集まったお客さんたちの姿がある。しかし、今やそこに懐かしい常連たちの姿はない。同じ場所で、かつて何十人ものオタクたちと一緒にコールをしたというのに、なんとも寂しくなったものだ。

「神田さん、これからライブありますけど、ワシがコールするんで」

 自分の席を立ち、奥のボックス席に座る神田さんに宣言しに行く。過去を振り返っても仕方はない。戦国乱世は終わったのだ。今は泰平の時代で、メイド喫茶で『初恋サイダー』にコールを打つような武士は必要ないのかもしれない。

 やがて大友みらちゃんがステージに上がり、自己紹介の後に『初恋サイダー』の前奏が始まった。

「キスをあげるよ~」

 いつもの通りの入り。何度も聞いてきたものだ。だからワシは。

「いただきまァァァすっ!!!」

 と、全身全霊で叫んだ。近くで見ていた神田さんがドン引きしていた。

「ッシャア、いくぞッ! タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャァァジャァァ!」

 これまで培ってきたものを出し尽くすつもりだった。

「みらちゃーん! みらちゃーん! 俺のじゃないけど! みらちゃーん!」

 ワシは喉が嗄れるほどに叫んでいた。

「イヤイヤイヤイヤ! イエッタイガァーッ!!」

 昔は常連たちによるコールの大合唱でメイドさんの歌が掻き消されることもあったが、そんな風景は今や見られない。一人だけ戦場に残ったワシだけが声を張り上げている。まるで歴史漫画『センゴク』(講談社)で老境の柴田勝家(本物)が必死に「掛かれ、掛かれ!」と叫ぶシーンだ。っていうか、集英社の連載なのに講談社の話題が多い。でも許してほしい。講談師の回だから。

「ハイ、せーのッ! ハイ、せーのッ!」

 ところでコールというのは、誰かから直接教えられるようなものではない。見て盗め、自分のものにしろ、という世界である。そういう意味では伝統芸能と呼べなくもない。いや、呼べないかもしれないが、そういうことにしておこう。それは数多くの演目を記憶し、自分の口で再現していく講談と相通じるものもある。

「神田さん」

 だからワシは、席について手拍子していた神田さんをステージ前まで誘い出した。一緒にやりましょう、という意思を込めて手を天へと突き上げる。

「ゔぉいっ! ゔぉいっ!」

「お、おいっ! おいっ!」

 ワシは天下の神田松之丞(当時)と並んで、メイドさんに向けてコールを送った。ライブが終わった時、自然と握手が交わされた。講談師も小説家も関係ない。メイド喫茶でコールを送れば、ただの30代のオタク二人だった。

「へへっ、そいつァ言えねぇや!」

 撮影は無事に終了したものの、ワシは途中にあった問答のことを思い出していた。
「柴田さんは、この店で誰か推している人はいるんですか?」

「へへっ、そいつァ言えねぇや!」

 そう答えた。ちょうど誰のことも推しておらず、しいて言えば店全体を応援している状態、いわゆる箱推しだった。そんな風に考えるようになったのも、今日に至るまで様々な出会いと別れを経験したがゆえである。

 ここで思い返せば、講談というのは軍記物を扱うことが多い。講談師は有名な英雄や合戦のエピソードを語り、時に胸を熱くさせ、時に涙させる。

 ならば戦国メイド喫茶のことを語り伝えることこそ、ワシにとっての講談なのだ。あの店でワシは数多くの英雄と出会い、また壮絶な戦いを経てきた。それらのエピソードは、まさに戦国メイド喫茶エッセイの第二部にて語られることだ。

 だからこそ、これより先が面白いところではあるものの、今回はここらで時間となりました。続きはまた次回にて、とは講談風のご挨拶。

 次回連載第14回は5/26(木)公開予定です。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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