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小池克臣「No Meat,No Life.を生きる男の肉だらけの日々 肉バカ日誌」
年間200食もの牛肉を食べるという、名実ともに肉バカ、小池克臣が日々蓄えてきた肉への愛、知識、体験……そのすべてを注ぎ込む究極の肉コラムがここに。肉好きはもちろん、そうでなくても知っておくべき肉のあれこれが満載!
噂の名店(焼肉編その1)はこちらから!

グルメサイトを眺めているだけでは辿り着けない噂の名店(焼肉編その2~西新宿・若葉)

江戸時代の日本では肉食が禁止されていたが、明治時代にやっとそれは解禁された。

当時は角切りにした牛肉を煮込む牛鍋が主流で、そこから「平切り」と呼ばれる薄切りのすき焼きへと発展していった。
当時はまだ焼肉という文化は存在しなかったのだ。

進化と革命を繰り返してきた日本の焼肉

色々な説があるが、焼肉の発祥は戦後の食糧難の時期のホルモン焼きだと言われている。
それまでは捨てられていたホルモンを直火で焼いて食べさせるお店が、当時の闇市で流行ったのだろう。
そこからホルモンだけでなく、正肉も焼かれるようになり、現在の焼肉の姿へと繋がっているらしい。

昭和の焼肉といえば、カルビ、ロースにホルモンを、白米片手に掻き込んでいた。
次第にタンやハラミが人気となり、焼肉はさらに広く浸透していくことになる。

時代が昭和から平成に移り変わり、10年位経った頃だろうか、焼肉の潮流が一気に加速した。

渋谷の「ぱっぷHOUSE」や篠崎の「焼肉ジャンボ」で始まった希少部位ブーム。

それまでは、バラの部分をカルビ、モモをロースとして提供するお店が一般的だったが、肩ロースの一部のザブトン、ウデの一部のミスジ、さらに高級ステーキ屋やすき焼き店でしかお目にかかれなかったサーロインやリブロース、ヒレなど、牛肉の部位を細分化したうえで、味や食感の違いを楽しめるようになった。

そこから更に10年――

焼肉の進化はとどまることを知らず、卵を絡めたすき焼き風、ウニやトリュフといった高級食材との組み合わせ、日本料理の技術を取り込んだ肉割烹的なメニューなどが生み出されていった。

もうすぐ平成という時代が終わり、新しい時代を迎えようとしているが、焼肉の世界もまた変革の時期を迎えようとしている。

オシャレな内装の店内、焼いたお肉の上にウニやキャビアを乗せるスタイルに、一部の焼肉好き達が疲れを感じ始めてきているのだ。

もっと気楽に焼肉を楽しみたいと。

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小池克臣

こいけ・かつおみ●1976年、神奈川県横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。焼肉を中心にステーキやすき焼きといった牛肉料理全般を愛し、さらには和牛そのものの生産過程、加工、熟成まで踏み込んだ研究を続ける肉の求道者。著書に『No Meat,No Life.を実践する男が語る和牛の至福 肉バカ。』がある。
公式ブログ「No Meat, No Life.」→ http://d.hatena.ne.jp/BMS12/

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