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男女の性差とDV【逃げる技術!第17回】ケア労働と社会構造

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妊娠・出産・育児期には賃金労働が難しく、経済的弱者になりやすい

また、妊娠が喜ばしいものだったとしても、妊娠期間というのは人によっては大変につらいものです。

胎児への影響を考えて持病に必要な薬が飲めずに苦しむ人もいます。リスクよりベネフィットが上回る場合に薬を服用してよいといわれてはいますが、それでも万が一の影響を考えて、服薬を我慢する女性はとても多く、またそのように指導する産科医の先生も少なくはありません。

つわりの吐き気やむくみなどに悩まされ、それまではできていた仕事、家事、他の家族(子どもや老人など)のケアができなくなったりもします。なにより大変なケースは、切迫早産(早産の手前の状態)で安静にせねばならず、管理入院となることでしょう。トイレにいくことすら制限され、文字通り身動きがとれなくなる場合もあります。

また双胎や品胎(双子や三つ子)の場合には妊娠・出産のリスクが全体的に上がります。よく知られた高齢出産はもちろんですが、若すぎる妊娠出産もハイリスクです。

正規雇用や契約社員の女性であれば、そういった際に医師の診断書を会社に提出することで、疾病休暇などが適用されることもあります。しかしアルバイト、パート、派遣では難しいことが多いでしょう。ましてや自営業やフリーランスだと、無収入になります。

このように妊娠という「自分ではタイミングの選べない出来事」によって、女性は健康や仕事や収入を失うリスクを負っています。これもひとつの男女の権力差の源です。

なぜDV被害者に女性が多いのか?④
妊娠・出産・育児期は体力の消耗が激しく、行動範囲も狭まり、
得られる賃金も減る。その結果、男性より立場が弱くなる。

個人差が大きいため、女性同士でも理解できない部分がある

なお、まったくつわりもなく、妊娠していないときと同様に元気に動けるという人もいますので、経産婦でもつわりなどの妊娠期の悩みは想像しにくいことがあります。これは生理痛の理解にも共通するものがあります。

また、子どもを欲しいとは思わない女性、不妊に悩む女性、タイミングや経済的事情などから子どもを持つことをあきらめる女性もいます。「そのような事情が相手にもあるかもしれない」と慮りあう時代ですから、妊娠に関することは、意外と女性間でも共有しにくかったりするのです。

妊婦さんの話で、家では立ち上がれないほどだるいけれど、職場では気が張っているのでなんとか仕事ができる、ということはよく聞きます。はた目には元気に見えても、しばしば周囲や社会的要請が、がんばらせてはいけない人をがんばらせてしまっていることもあるのです。

「DV=家庭内暴力」はケア労働を誰が担うかと密接に結びつく

以前のわたしはシンプルに「DV=ドメスティックバイオレンス=家庭内での暴力」と英語の翻訳でとらえていました。暴力が「たまたま」家という場所で発生しているのだ、と。でも、いまのわたしは現代のDVが起こる理由と、ケア労働をだれが担うのかという問題が密接に関わっているのではないか、と考えています。

もともと、会社にいって仕事をして給与を得るという「勤め人」というあり方が生まれた明治・大正期の日本では、妻だけでなく、女中や小間使いもいてこそ家庭内の仕事が回っていました(都市部の中流以上の家庭の話です)。

戦後になると、サラリーマンや工場労働という「外に出て賃金を得る」という働き方をする人たちの割合がいっきに増えて、それが高度経済成長期を支えました。外で働いていたのは主に男性ですが、彼らの長時間労働を可能にしていたのは、家庭内の家事・育児・介護・看病などを一手に担う妻や母という存在です。専業主婦が大きく増加するのです。

物価上昇とともに、給与も毎年上がっていく時代でした。金利も高く、貯蓄は増え、ローンで家を買っても終身雇用と退職金が約束されているので、支払い切ることができました。一方で女性に育児や介護などのケア労働が集まってしまうことで、女性は体力や余剰時間を奪われます。ケア労働は金銭に換算されないため、確かに社会を支える基盤でありながらも、彼女たちは長らく「社会人」ではないかのように語られてきました。

この40年、女性をとりまく労働環境の変化

その後、男女雇用機会均等法が制定されたのが昭和60年、1985年でした。しかしその後、バブル経済の崩壊(1991年頃)のあとから日本経済は長い低迷の時代、失われた30年(40年になるかも?)に入ります。その後の就職氷河期(1993〜2005年頃)は男性にも厳しいものでしたが、女性にとってはなおさらでした。

新自由主義の小泉純一郎首相・竹中平蔵経済財政担当大臣時代には規制緩和が進み(2001年〜)、派遣労働者が大きく増えました。社会の高齢化が進み、労働力人口がどんどん減る中で、安倍首相は「一億総活躍社会」といいました(2015年)が、結局、女性はそのときどきの雇用の調整弁として、男性に比べれば安価な契約社員・派遣社員・パート労働者として使われることが多かったと思います。

しかし外に働きに出たところで、やはり家庭内では依然としてケア労働は女性の肩に重たくのしかかりました。これは「イクメン」という言葉がいまだに現役で使われていることからもそれは明らかです。「メンズなのに育児をしている」ことを特別視するからこそイクメンという用語が意味をなすのでしょう。男女ともに育児をおこなうことがあたりまえになれば、イクメンという言葉は滅びます。

また正規雇用であっても、女性はやはり男性に比べると厳しい環境に置かれてきました。出産・育児による仕事からの離脱が織り込み済みで、男性とジョブローテーションの仕組みがそもそも違っていたり、年齢に応じた賃金の上昇がゆるやかなケースが多いことが近年わかってきています。

仕事を一度やめて、中高年になってパートやアルバイトで仕事復帰するライフコースも多いのです。もちろん、女性が外で働くことが珍しかった明治・大正期にも、いまでいう家庭内暴力はありましたが、現代のDVにおいて、外から得てくる賃金の格差が、家庭内の権力差にそのままつながりやすいことは容易に想像がつきます。わたしも夫に「俺にも家事をしてほしいなら、1円でも多く稼いでからにしろ!」と何度もいわれました。

ケア労働と賃労働に疲れ果て、それでも叱責は続く

しかし、「女性が男性よりも稼げない」ということはニワトリが先かタマゴが先か、というような話です。そのように社会のシステムが設計されているからです。もっとたくさん働きたい、仕事に集中したいと思っても、家事・育児・介護といった家庭のケア労働に時間と体力をとられて思うほど働けないというケースは、男性よりも女性に多いのです。

外で働いてもパートナーと同等の賃金は得られず、家でもケア労働の大部分を担うことを当然視され、平等にパートナーと会話できない。それどころか家庭において「くつろぎ」「もてなし」を提供することを求められる(性的なものを含むこともあるでしょう)。そしてパートナーには仕事のストレスをぶつけられるかのように、「無能だ」「家事が下手」「どんくさい」「子育てのやり方が悪い」などと毎日なじられる。わたし自身がそのように暮らしていました。

殴られたり蹴られたりすることはなくても、こういった形でDV・モラハラが起こっていることが多いのではないか、とわたしは考えています。社会における男女間の不平等が、そのまま家庭内に連鎖しているのです。

現代は男性であっても、正規雇用の職を得ること、またその立場で働きつづけることは昔のように容易ではありません。男性ゆえの生きづらさにも徐々に光があたるようになってきています。ただ、それがいわゆる「女叩き」やミソジニーにつながってしまうと、社会構造のゆがみから目をそらすだけで、本質的ではないとわたしは思います。

なぜDV被害者に女性が多いのか?⑤
女性は男性に比べて賃金が低く、また非正規率が高く、家庭内での経済格差が生じやすい。
また女性は育児・家事・介護などのケア労働に力を割かねばならず、体力や時間の余剰が少ない。

当連載は毎月第1、第3月曜更新です。次回は7月1日(月)公開予定です。

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藤井セイラ

編集者、エッセイスト。2児の母。東京大学文学部卒業後、広告・出版を経てフリーに。子育てに関連する勉強が好きで、気がつけば、保育士、学芸員、幼保英検1級、絵本専門士、小学校英語指導者資格、日本語教師、ファイナンシャルプランナー2級など、さまざまな資格を取得。趣味はマンガとボードゲーム。苦手なものはお寿司。最近、映画館で観たのはプリキュア。

X(ツイッター) @cobta https://twitter.com/cobta

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