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愛らしさに溢れた、茶道具の世界【群ようこ『今日も愛でたい』 第6回】

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茶碗は最初に買った、福本未来ふくもとみらい作の海松みるの柄のものは、これも皆さんにも使っていただこうと、お稽古場に置いていただいている。家で点てるカジュアルな薄茶用でも、ふだん使いと、きちんと生菓子と共にいただくのと、二種類が欲しくなり、まず古垣嘉一ふるがきかいち作の「稲穂と雀」の柄を購入して、
「雀ちゃんがかわいい」
 と愛めでながら使っていた。

 しかし違うタイプのものも欲しくなり、海松柄の茶碗と同じ、福本未来作の「淡桃地 猫柳」という茶碗を見つけた。茶碗が薄い桃色で、私としては食器としても茶碗としても選ばない色なのだけれど、ここに抹茶の緑色が入ったらきれいだろう、と購入して、その日の気分によって雀ちゃんと使い分けている。厳密にいえば、それぞれ秋と早春の柄なのかもしれないが、気にしていない。生菓子を買ってきて、少しあらたまって点てるとき用には、茶碗自体があまりにかわいらしくて一目惚れした、大塩昭山おおしおしょうざん作の奈良絵の「赤膚山あかはだやま」にした。この三個を気分と、ちゃんとした生菓子があるかないかによって楽しんでいる。

 炉を切らないまでも、電熱式の釜を設置して点てるとなると、他にも水を入れておく水指みずさし、湯や水を捨てる建水けんすい、柄杓ひしゃく、蓋置ふたおきが必要になるのだが、うちにはそういったものはないので、抹茶を点てるときは鉄瓶で入れたお湯を使っている。その水指や建水にもそれぞれ意匠があり、水指が磁器だったり陶器だったり、さまざまな形をしている。水指用に適した容器が手元にあった場合、それに合わせて塗り蓋を誂あつらえ、水指として使う例もよくあるらしい。
 うちでは簡単に点てているので、とりあえずお点前に倣って、茶碗に湯をさして茶筅の先をあたためたり、欠けなどがないかを確かめる茶筅通しをしたり、茶碗を清めるために、麻の茶巾で拭き清めたりはするが、それはすべて調理台でやって、湯、水を捨てるときはそのままシンクに流す。相当な手抜きかもしれないが、自分の家で点てるのだから、まあ、これでいいかと思っている。

 抹茶もお菓子もおいしいのだけれど、それ以外にも興味を惹かれる部分はたくさんあった。薄茶用の抹茶を入れるのは、一般的に棗が知られているし、私もそれしか知らなかったけれど、他にも仏器、円形で横に広く蓋が赤い甲赤、円筒形の中次、雪吹などがお稽古場にあって、薄茶器ごとに多少扱いが違ってくるのを知った。なかでも四滴してきの扱いを先生から教えていただいたときは、
「こんなかわいいものがあるのか」
 と興奮した。子どもの頃、池袋の丸物百貨店で親に買ってもらった、陶器製のままごとセットみたいなのだった。
 四滴というのは、「蔓付つるつき」「手瓶てがめ」「水滴すいてき」「油滴ゆてき」の、基本的には薄茶を点てるときの薄器で、中国渡来の容器に見立てて、茶入を作ったそうだ。どれも本体の高さが六センチ、直径も六センチほどの小さいものだ。「蔓付」は文字通り、本体に蔓がついていて、高さは十センチほど。「手瓶」は本体に持ち手がついたもの。「水滴」は口と持ち手がついている。「油滴」は口だけがついている。そして象牙の小さな蓋がついていて、陶製の本体は織部風だったり、小さな柄が描かれていたり、釉薬ゆうやくがかかっていたりと、様々な意匠が施されている。私が見た限りの話だが、四滴すべてが同じ意匠のものはなく、それぞれに個性を持たせているようだった。とてもかわいらしいのだけれど、お点前のときの扱いが個別に違って複雑なので、愛らしいけれど扱うのはちょっと……と思っている。

 大名たちの豪奢ごうしゃな茶碗や茶道具については、展覧会なども開催されていて、贅ぜいを尽くした茶道具を見る機会があり、すごいなあと目が釘付けになる。しかし戦国時代に生きていない私個人としては、茶道は禅の精神からはじまっているので、現代では豪奢な道具自慢っていうのもねえ、と首を傾げる。手元にあるものを見立てて使うほうが、洒落しゃれているのではと思うけれど、すべてがそういうものばかりだと、それもまた違うかなあと考えたりもする。

 お稽古場には、師匠が指導していただいた師匠から譲り受けたお道具や、師匠のお祖母ばあ様、お母様が所有なさっていたお道具も多々あり、それを拝見するのが楽しい。たとえば炭を継ぐお稽古の炭点前では香合を使い、炉のときは練香、風炉のときは香木を中に入れる。風炉のときは陶製の香合は使わない。そしてそれらの香合の意匠が愛らしい。
 五センチ角で高さ三センチほどの木製の筥はこの蓋に、彫金の亀が乗っていたり、香川県の伝統的漆芸の蒟醤きんまという、繊細な象嵌ぞうがんの丸形のものだったりと、見たことがない手仕事のものがたくさんあって、師匠が用意してくださると、
「ああ、またこのお道具が出てきた」
 とうれしくなる。そして師匠は、
「しまっておかないで、みなさんが触ってくださると、どんどん艶が出てきた」
 とおっしゃる。そういえば前に見たときよりも、表面に艶が出てきたような気がした。薄い色の茶碗も、それで抹茶を点てていると、うっすら中に色がついて、趣が変わってくる。
 そんな様々なお道具があって、お茶のお稽古が成り立っている。どれもこれも愛らしくて、お稽古場の茶室に身を置いているのはとても楽しいのだが、私のお稽古が「うまくいく」わけではないのが悩みなのである。

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次回は11月11日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『捨てたい人捨てたくない人』、エッセイに『還暦着物日記』『スマホになじんでおりません』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』『ちゃぶ台ぐるぐる』『かえる生活』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』』など著書多数。

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