よみタイ

昔の食事に戻る

 ぬか漬けもそうだが、最近、緑茶が好きになってきた。コーヒーが飲めなくなってからは、ずっと紅茶を飲んできて、カフェインが苦手になってきてからは、カフェインレスの紅茶、ハーブティーなどを飲んでいた。ところがこのところは緑茶、それも番茶ばかり飲んでいる。煎茶は新茶を送ってくださる方がいらっしゃるので、それも飲むのだが、カフェインの問題があるので、残念ながら毎日、続けて飲めるわけではない。調べてみると緑茶のなかでカフェインが少ないのは、ほうじ茶、番茶などで、毎日飲むにはそれらのお茶のほうが、私には向いているようだった。
 そこでオーガニックと謳われているほうじ茶をいくつか試しに買ってみたが、私にはちょっと強かった。理由はわからないけれども、素材そのものの強さが、がつんと表れるといった感じだろうか。特にオーガニックとは謳われていない、京都のほうじ茶が香りも味もよくて飲んでいたが、ほうじ茶でもカフェインの影響が出てきたので、たまの楽しみにとっておくこととなった。となると日々のお茶としては番茶を探すしかなくなった。探してみて、これはよさそうだと買う気まんまんだったのに、すでに売り切れていたり、気に入った番茶を買うのもなかなか大変だった。
 オーガニック表示にこだわらず、店頭や通販でいくつか買ってみて、最後に残ったのは、「うおがし銘茶」の「抱玉」という番茶だった。すっきりとした味が暑い日に涼しさを与えてくれ、渋茶も好きなので、浸出時間を長くしてちょっと濃いめにして飲むと、午後の仕事がはかどった。新型コロナウイルスによる自粛で店舗に買いに行くのが難しかったので、通販で何度も購入している。
 そこで問題なのが急須である。なるべくマイクロプラスチックの害を防ぐため、ティーバッグを使うのはやめたので、茶葉をそのまま使っている。紅茶については、イギリスの普及品らしい、ブラウンベティと呼ばれているポットを使っているのだけれど、お湯の注ぎ口の広さの具合で、内側を洗うときにちょっと不便さを感じる。紅茶と番茶を同じポットで淹れるのもなあと、考えて、次には番茶用の急須探しがはじまった。私の好みとしては、昔、公民館とか学校に設置してあった、青に白の水玉柄の土瓶で小さいものが欲しかった。同じようなものを売っている店もあったが、ひとり暮らしには容量が多くて、購入は断念した。
 希望としては、ひとり暮らしにちょうどよい大きさであること、シンプルで内側に金属やプラスチックの茶こしがはめこまれていないこと、湯飲み茶碗に注ぐときに、茶こしを使わなくてもいいこと、の三つだった。どれが欠けても購入はできない。インターネットで検索してみても、妙にデザイン性が強かったり、和風の柄が描いてあったり、外見が気に入っても、内側に茶こしがはめこまれていたりと、なかなかみつからなかった。
 そこで以前、料理用のステンレス製のバットや密閉容器を購入した店舗のサイトを見てみたら、気に入った急須がみつかった。そこでは販売している急須の比較をやっていて、私のすべての希望を満たすものがみつかったのだが、残念ながらすでに品切れになっていた。ただ欲しいものがわかれば、あとはどこに在庫があるかを探すのみである。大と小の二種類があり、小は容量が二百ミリリットル、大は三百五十ミリリットルで、二百ミリリットルだとちょっと少ないので、大のほうを検索にかけてみたら、たまたま一つだけ在庫がある店舗がみつかった。早速、注文して送ってもらった。それを毎日、使っている。
 そのイイホシユミコさんの急須は萬古焼で、直径百二ミリ、本体の高さ五十七ミリの円筒形に、注ぎ口と持ち手がついている形状になっている。円筒形なので内側もとても洗いやすい。ただ作家物は替えのパーツがないので、蓋を落とさないように、ぶつけないようにと、使うときは毎回、どきどきしている。
 ぬか漬け、番茶と、この歳になって、昔の食事に逆戻りしている。今までの食生活を考えてみると、子供の頃は親が作ってくれるので、ふだんは御飯と味噌汁が主で、そこにおかずが何品かついていたが、全体的に色彩は茶色がかっていた。たまに食卓にのぼる、ハンバーグ、カレー、ハヤシライスなどの洋食がうれしかった。
 高校生のときにはじめてピザを食べて感激してからは、ひと月に一度、アルバイトでお金を貯めて、友だち二人と高田馬場のイタリアンレストランに行くのが楽しみだった。広告代理店に就職してからは、同僚が南青山や麻布にある流行の店好きで、それにつきあっては、そのお洒落な店にそぐわない自分に、居心地の悪い思いをしていた。その会社をやめ、OLになってひとり暮らしをはじめてからは、玄米食を続け、オーガニック食材しか買わなかったので、エンゲル係数が高かった。物書き専業になってからもずっと自炊は続けているものの、玄米食は早々にやめてしまった。最近は米、味噌、醤油など、調味料はきちんと作られているものを選ぶけれども、他のものはそれほどオーガニックにはこだわらなくなった。
 朝は具だくさんの味噌汁に土鍋で炊いた御飯。昼御飯はいちばん食べる量が多く、肉を食べるときは昼にする。夜は蒸した野菜や豆腐などが主で、御飯は食べない。そして最近はそんな三食にぬか漬けが加わり、自分ではうっとりするような食卓になっている。そして朝食、昼食後には、お気に入りの急須で淹れたおいしい番茶を飲む。他人から見たら、派手さもないし、色合いも地味だし、しょぼい食事かもしれない。しかし自分にとってはぬか漬けと番茶が食卓に参加したおかげで、これまでで最高の食事になっているのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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