よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」
物を減らす、無駄なことはしない、必要以上に買わない。
「しない。」生活のなかだからこそ、手に入れるもの、するべきことは
試行錯誤を繰り返し、日々吟味している群ようこ氏。
そんな著者の「しました、食べました、読みました、聴きました、着ました」
など、日常で「したこと」をめぐるエッセイ。
自宅でできるあんなこと、こんなことのヒントがいっぱいです!


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毛糸のパンツを編む

今日は、これをしました 第8回

 国勢調査のため、地域の担当者がインターホンで説明のうえで、家のポストに書類を投函するので、受け取るようにという旨の案内が、うちのポストに入っていた。これまでも何回か経験があるので、ああそうかと思っていたら、配布日の初日に担当の人がやってきた。女性はインターホン越しに配布の件を話した後、
「ご主人様の下のお名前を教えていただけますか」
 といった。うちのポストの表札には名字しか書いていないので、彼女の仕事として下の名前も必要だったのだろう。
(ご主人様の下のお名前?)
 今時、女性がインターホンに出たら、関係性を聞きもせずに「ご主人様」などというのかと、ちょっと呆れてしまった。相手はそんな気持ちはみじんも持っておらず、日中、インターホンを鳴らしたら、女性が出てきたので、何の疑いもなく私を妻と勘違いして、「ご主人様」といったのだろう。うちのご主人様は私なので、下の名前を名乗ると、
「あのう、どういう漢字でしょうか」
 とちょっと笑いながら聞いてきたので、説明すると、
「それではよろしくお願いいたします」
 と小声になってインターホンは切れた。「ご主人様」じゃなくて、「世帯主の方」といえば、何の問題もないのにと思いながら、しばらくの間、何か変な感じが残っていた。私は細かいことは気にせず、無頓着に生活しているのに、妙なことが気持ちにひっかかったりするたちなのである。
 そんなときにはキーボードを離れ、編み物をしたり、縫い物をしたりすると、頭に上った血がすーっと下がってくる。最近は刺し子のセットをいただいたので、五枚のふきんを縫い、もやもやしたものの鬱憤を晴らしていた。この連載の二回目で、夏物のノースリーブ用の糸を購入したと書いたのだが、夏前には着々と準備が進んでいた。そのノースリーブは胸元だけに透かし編みが入っていて、あとはメリヤス編みなので、透かし編みが似合わない私でも似合いそうだったし、やはり暑いときには透けた感じが涼しそうでいいなと、自分では張り切っていた。しかし試し編みをして、自分の顔に合わせると、その透かし編みが全然、似合わない。こんな小さな面積でも似合わないのかと自分でも驚いたほどだ。糸の色も薄い色ではなく紺色にしたのに、どうもしっくりこなかった。
 女性はある年齢以上になると、若い頃に着ていた服のデザインよりも、ドレッシーなものが似合うようになるといわれているけれど、私の場合は歳をいくら重ねても、まったく似合わない。いつまでたっても似合わない。白髪まじりのヘアスタイルに、そのような透け感のあるセーターを着ている人は素敵だと思うのだけれど、私がそういった類のものを体に当ててみると、ものすごく老ける。根本的に私の性格に合わないのだろう。なので試し編みはほどいて糸に戻し、来年の夏に向けて新たなデザインを模索中である。やっぱり編み物は夏物よりも冬物のほうが、私には編みやすいのだった。
 生活のなかから、マイクロプラスチックを排出するものをできるだけ減らすために、アクリル等の合繊が入っている機能性肌着は全部処分してしまい、その代わりにダブルガーゼの肌着を購入した。これで安心と思っていたら、ある編み物の本のページに目が釘付けになってしまった。それは昔の洋雑誌に掲載されていたデザインをアレンジした、レース模様のキャミソールとパンツのセットだった。シンプルな透かし編みで、デザインがとても愛らしい。見たとたんに、
「これ、編みたい!」
 となってしまったのである。
 機能性肌着などなかった子供のときの防寒として、女の子が何を着ていたかを思いだしたら、おばあちゃんやお母さんが編んだ毛糸のパンツだった。それも肌着のために新品の毛糸を買うのではなく、セーターなどをほどいた繰り回しの毛糸だった。純毛の毛糸は着ている間に細く弱くなっていくので、まだセーターとして着られるようだと、新しい毛糸を一本、あるいは二本加えてまたセーターやカーディガンになった。セーターにするほどではないくらい細くなった毛糸は、引き揃えられて下着になったのである。
 編んで欲しいと頼んでいないし、まったく穿く気がない毛糸のパンツができあがっても、他の衣類と違ってちっともうれしくなかった。
「ちゃんと穿きなさいよ」
 と母親からはいわれるのだが、どうも好きになれなかった。目の前のパンツを見ると、この緑色は母親のセーター、白いのは弟のセーターとすぐにわかった。私が渋っているのがわかると、
「女の子は腰を冷やしてはいけない」
 ときつくいわれて仕方なく穿いていた。子供の自分には、その効果がどれほどのものかはわからなかったが、今になると、
「それはそうだ」
 と納得できる。毛糸のパンツの暖かさは何ものにも替え難い。しかし当時はそういう言葉はなかったが、それはダサさの極みだったのである。
 二十年ほど前に、インターネット上で腹巻きやパンツの編み図を見て編んだ経験がある。自分で編んだ毛糸のパンツはダサいけれども愛着が持て、ダサさを上回る暖かさに手放せなくなった。そしてパンツが欲しい人にはパンツ、腹巻きが欲しい人には腹巻きを編んでプレゼントしていた。するとそれを身につけている人を見た人から、
「私も欲しい」
 といわれて、希望を聞いてプレゼントするようになった。ある人には腹巻きといわれて、その方のイメージに合わせた色で編んで渡したら、色が素敵と喜んでもらえ、ネックウォーマーとして使ってくれた。ネックウォーマーはそれなりのサイズ感や編み方があるので、それは腹巻き用だといったのだけれど、彼女は、
「暖かいのでずっと首に巻いています」
 といってくれた。どちらにせよ体のどこかを温めるのには役立ったわけで、編んだほうとしてはありがたかった。愛着のある毛糸のパンツはまだまだ健在で、寒い日になると私は今も穿いている。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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