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加門七海「着物憑き」
あの世とこの世のあわい。
幼いころからそれを感じ取る加門氏は、
ここ数年で、着物を身にまとう機会が増えた。
それは「夢中」を通り越し、まるでなにかに
「取り憑かれた」かのように……。
着物をめぐる、怪しく不思議なエッセイ。

東と西(四)

 ――さて。
 ここまで雑に関東関西と語ってきたが、記してきた関東は主に江戸東京だ。一方、関西はなんとなく京都を目当てにしてきたが、西のほうにはもうひとつ、大阪という中心がある。
 同じ西でも、ふたつの地方はまた、好みが異なっている。
 印象の話となるが、京都の和服は品格を重視しているような気がする。質の良い、柔らかな色味の友禅や、どっしりとした西陣織の袋帯を目にすると、如何いかにも京都の産だと感じる。
 大阪の着物は少し違う。良い着物は純粋に贅沢だ。
 これは商人(この場合はあきんどと読むべきか)を中心として、大阪が発展してきたためだろう。
 大阪ファッションと言うと、ついヒョウ柄とか言いたくなるが、の地の和服は地味とは言い難いものの、格式に囚われない楽しさと、おっとりしたおおらかさがある。
 大正から昭和初期にかけて、この地域では散歩着というものが流行った。
 大阪の町人文化の中心地である船場せんば、そこの大店おおだなの女性たちが愛用したとされる着物で、プロムナードとの別名もあるとおり、ある意味、散歩着はハイカラだ。
 特徴は全体が小紋柄、上前が絵羽えばとなっていること。錦紗縮緬きんしゃ綸子りんずなど、地模様の入った生地に凝った柄(変わり縞や格子が多い)を染め付けて、裾にテーマ性のある花鳥を施す。手法は刺繍、染め、絞り、なんでもござれだ。
 ともかく楽しく美しい。礼装ではないが、普段着でもない。この本当のお洒落着で、船場のお嬢様方は観劇や食事に出かけていったのだ。
 アンティーク着物を見ていると、この散歩着を始め、いかにも西から流れてきたと覚しきものによく出合う。
 着る側として、そのほとんどは好きか嫌いかだけで終わるが、中には素敵だと思うものの、手を出すにはちょっとした勇気が必要なものもある。
 大丈夫かな。私が着ても大丈夫かな。東京で着てもいいかな、 といった迷いが生じてしまうのだ。
 東京という風景の中で浮かないかという心配と共に、東京人である私の肌に合うのかどうかといった不安だ。
「それ、なんとなくわかります」
 私の話に頷いたのは、アンティークショップの店主だった。
「以前、扱った着物の中に印象的なものがありましてね」
 古いながら状態もよく、生地も染めも見事な品で、店を訪れる人のほとんどはその着物に惹きつけられたという。
 しかし、どういうわけか、その品を購入する人は現れなかった。
 価格が高いせいかもしれない。
 店主は考えたものの、高価な着物は過去にも扱っている。金額的な躊躇と今回は、どこか異なっているように思えた。
 そのうち、着てみたいという女性がぽつぽつ現れてきた。
 鏡の前で試着をすると、皆一様にうっとりする。しかし、着物を脱いだあと、これまた一様になんとなく首を傾げて帰っていく。
 やがて、そのうちのひとりが言った。
「すごく良い物なのはわかるんだけど、少し着ていると何て言うのかな……ギュッとね。着物がこっちを締めつけてくるような気がするの。体が動きづらくなる」
 着付けの問題かと思ったが、そうではない。
 店主はその場でもう一度、女性客に着物を着せた。過去に何千もの人に着付けをしてきた自分である。緩く着せるコツは掴んでいる。だがやはり、暫くするうちに女性は苦しいと訴えた。
「仕立てに不備があるのかなとも思ったのですが、それからまた暫くした日に、ひとりのお客様が、こう言ったんです」
 ――この着物は多分、京都の方のすごく格の高い家から出てきたものよ。だから、着る人を選ぶのよ。
「言われたときは単にびっくりしただけでした。でも、後で思うと、その方は物の来歴が見える能力を持っていたのかもしれません」
 店主はしみじみとした口調を作った。
 着物が人の手に渡ったのは、季節が変わってからだった。
「年に数回、寄って下さるお客様がいらっしゃって、その着物を買っていったんです。少し心配だったので、次にその方が来店したとき、着心地を訊いてみたんです」
 如何いかがでしたか。
 そうすると、
「肌に馴染むみたいに着心地がいいわ」
 客は満足げに頷いたという。
「……お客様は京都の方で、実はとてもお金持ちの奥様なんですよ。そして、思い出したんです。京都の方の格の高い家から出てきた着物だから、着る人を選ぶと言われたことを」
 多分、私がお金持ちでも、その着物は手には負えなかったに違いない。京都出身の東京暮らしの人でもダメだったのではなかろうか。
 以前にも語ったとおり、選ぶのは着物だ。人ではない。
 その着物は京都の人の身を包み、京都らしいコーディネートと着付けで、京都の町を歩きたかったに違いない。
 東西の差がはっきりしていた時代のアンティークなら、こだわりは尚更強かっただろう。
(きっと東京の店にある間、着物も居心地が悪かっただろうな)
 下から雨が降るような着付けは堪忍してくれと、癇癪かんしゃくを起こして、着る人を責めていたのかもしれない。
 想像すると、少しおかしく、そうして少し気の毒になる……。

 いやはや、東西の着物だけで、ここまで話が長くなるとは思わなかった。
 県民性を語る企画が絶えないのも納得だ。
 お国贔屓びいき。お国自慢。こんなに狭い国なのに、譲れないこだわりがある。そのこだわりは人のみならず、着物そのものにも及ぶのだ。そうして、そのこだわりが怪談を生むこともある。
 現在、私の箪笥には京都から来たアンティーク着物が入っている。
 手に入れてから数年経つが、まだ一度も袖を通していない。
 毎年、季節を逸してしまうというだけなのだけど……本当に、理由はそれだけなのか。
 私が着ても大丈夫だろうか……。

※ 記した着物の色目は図録やウェブの画像を参考にしたため、実際の作品とは多少異なる可能性があります。ご了承ください。

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加門七海

かもん・ななみ●東京都生まれ。多摩美術大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなどさまざまな分野で活躍している。ひとり百物語を特技とするほど、豊富な心霊体験を持つ。また、オカルト・ルポルタージュでも注目を集めている。著書にエッセイ『うわさの神仏』『うわさの人物』『猫怪々』『お祓い日和 その作法と実践』『鍛える聖地』『大江戸魔方陣』『もののけ物語』『たてもの怪談』、小説に『祝山』『目嚢』など多数。

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