よみタイ

加門七海「着物憑き」
あの世とこの世のあわい。
幼いころからそれを感じ取る加門氏は、
ここ数年で、着物を身にまとう機会が増えた。
それは「夢中」を通り越し、まるでなにかに
「取り憑かれた」かのように……。
着物をめぐる、怪しく不思議なエッセイ。

東と西(一)

 数年前、呉服屋に一本の帯を勧められた。
 白地に墨一色で龍を描いた名古屋帯だ。
 著名な作家の手になるもので、呉服屋は自信満々に「いいでしょう」と私に言った。
 確かに素晴らしい帯だった。しかし、私はその図柄を見て、首を振らざるを得なかった。
「これは私には持てません」
  呉服屋は驚いた顔をした。
「だって、五爪の龍ではないですか」
 龍には格というものがある。
 その格はたまを掴む手、あるいは前足の指の数で定まっている。
 五つの爪を持つ龍は皇帝の象徴。四つの爪は貴族や高級官僚。三つの爪を持つ龍は、一般大衆のものとされる。龍を皇帝の象徴とした中国における考え方だ。
 無論、今の日本で、こだわる必要は全くない。けれども元を辿っていけば、五爪の龍のデザインが分不相応だというのはわかる。何より、皇族でも貴族でもない自分が着けたら無粋にちる――私はそう考えた。
 呉服屋には、そのこだわりがよくわからないようだった。
 私は曖昧に笑ったまま、帯から少し体を離した。
 無粋という言葉を出したが、その対極は粋となるのだろうか。
 着物に興味を持ってから、以前よりも「粋」という言葉に触れる機会が増えてきた。しかし正直、私には粋というものがよくわからない。
 いくつか、聞きかじった言葉は知っている。
「粋というのは目指した途端に粋ではなくなる」
 これはなんとなくわかる。
 自分が粋だろうと思って歩いていると、いやらしいとか気障きざったらしいとか陰口を言われ、結局は野暮だと判ぜられてしまうのだ。
 似たような悪口に「イキっぱなしで帰りがない」というのもある。
 やはり目指した上にやりすぎて、みっともないとの評価の時に使われる。
(余談だが、東京の人に「いけ好かない」「気障ったらしい」と言われたら、最後通牒つうちょうだと思っていい)
 一方、「粋は地味のイキどまり」との指南を含んだ表現もある。
 究極の地味が粋に通じるということだろうが、この塩梅あんばいも難しい。
 例えば着物姿の人を十人並べたとしても、一番地味な人がそのまんま粋とは言えないに違いない。浮世絵の姿をそのまま今に写しても、粋と思うかどうかは怪しい。
 ただ、着物とその着姿に加えて、立ち居振る舞いや会話、表情、それらをすべて目に入れたとき、粋だなあ、と、思うことはあるかもしれない。
 粋というのは残り香のようなものだと記したのは、杉浦日向子ひなこであっただろうか。
 地味に傾き、無粋を排除するだけで、粋になれるわけではないのだ。
 とはいえ、お洒落の最上位に粋を持ってくる東京人の感覚は――表層的ではあるものの、身近に漂っている。
 今ではあまり言わなくなったが、昭和の頃は「伊達の薄着」という言葉をよく耳にした。伊達と粋では単語としての意味は異なる。が、この言葉を昭和一桁生まれの人は粋の近似値、野暮の逆として用いていた。
 お洒落に見せたいのなら、どんなに寒くても綿入れを着て歩くようなことはするな。スッとした姿でいろということだ。
 私は寒がりなので、よく母親に小言を言われた。
「ぶくぶく着ぶくれて、あんたはホントに野暮ったいわね」
 というわけだ。
 現在では着物用のダウンコートも売っているし、真冬に素足で下駄なんてとんでもない話だし、薄着をしてクシャミひとつもすれば、そんな薄着で歩くからだと呆れられるのが関の山だろう。
 しかし、昭和のある時期までは、痩せ我慢も粋のカテゴリーだった。
 同様の世代の人から、華美な装いの人に対して「あの人はお洒落狂女だからね」とか「お洒落狂女みたいな格好して」などという陰口を聞いたこともある。
『御洒落狂女』は明治から昭和戦前にかけて活躍した小説家、本田美禅ほんだびぜんの作品だ。
 内容は、奢侈しゃし禁止令の出た十一代将軍の時代、華やかな衣装や髪飾りをつけて市中をさまよい歩く女性が、実は……という娯楽小説。
 当時は人気の題材で、何度も映画になっている。美空ひばりの主演作もある。
 昭和二十七年(一九五二)に上映されたポスターを見ると、主人公を演じた花柳小菊はなやぎこぎくの装いは、変わり市松を大きく描いた錆朱色の大振袖に、青の濃淡で更紗さらさらしき模様を表した昼夜帯。深紅の帯締めと帯揚げ、深紅の襦袢じゅばんに深紅の鼻緒。中着は大ぶりの疋田びったでやはり赤。胸元には筥迫はこせこを入れ、手にはこれまた赤い巾着をぶら下げて、髪はビラかんざしに鹿子絞りの手絡てがらといった出で立ちだ。
 派手であるのは確かだが、最近の浴衣やレンタル着物と比べると、髪型が盛りすぎに思える程度だ。振袖として見るならば、着物自体はおとなしい。時代における感覚の差だろう。
「お洒落狂女」に近いものとして「花電車じゃあるまいし」との言い方もある。
 花電車というのは、お祭りや記念行事のとき、車体に造花や電飾、時には国旗を飾った電車のことだ。昔の写真を眺めていると、飾り立てた都電が「花電車」と称して写っていることがある。
 伊達の薄着、お洒落狂女、花電車。
 いずれもめっきり聞かないが、これらを並べてわかるのは、今で言うところの「盛る」ファッションを東京下町の人間が徹底的に馬鹿にして、嫌っていたということだ。
 だからこそ「粋は地味のイキどまり」という言葉も出てくるのだろう。
 とはいえ、昔の着物や帯を見ていると、今の私たちが考える地味と、当時の地味は異なっているような気がする。
 色こそ抑えているものの、小紋の柄ははっきりしているし、紬の着物も絣をはじめ、織り出し模様は結構、大胆だ。
 無地場の着物におとなしい帯を合わせる現代のスタンダードのほうが、ある意味、よほど地味と言えよう。最近は帯揚げや帯締めも、ニュアンスカラーなどという言葉を使った中間色が流行っている。が、ひと昔前は差し色を意識してのことか、その手の小物ははっきりとした色味や柄を持っていた。
 派手な着物に陰口を言う女性らも、すべてが地味好みというわけではなかった。七五三や成人式の振袖などは、綺麗、可愛いと褒めそやす。
 考えて見れば、十代の少年少女に粋という言葉は使わない。「可愛い」「綺麗」は若い人に。「粋だ」「美しい」は成人に対してしか用いない。
 もっとも「粋」を「スイ」と読むと、ニュアンスは全く異なってくる。
 イキなお方は江戸風だけど、スイなお人との台詞を聞けば、西の空気を感じてしまう。また、通人つうは江戸東京にいる感じがするが、数寄者すきしゃといえば、京都辺りを思い出す。
 まあ、この辺りは九鬼周造の名著『いきの構造』においてすら、すっきりしないほど難しいので、これ以上は立ち入るまい。
 着物において、京風の美を表現する言葉には「雅」「はんなり」というものもある。
 生憎あいにく、東京の粋もわからぬ私に、これらを解説するのは不可能だ。せいぜい女性らしく柔らかで上品な感じ、程度の理解だ。
 こういう抽象概念を定義づけるのは至難の業だ。が、東西の好みの差は、比べてみればなんとなくわかる。

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加門七海

かもん・ななみ●東京都生まれ。多摩美術大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなどさまざまな分野で活躍している。ひとり百物語を特技とするほど、豊富な心霊体験を持つ。また、オカルト・ルポルタージュでも注目を集めている。著書にエッセイ『うわさの神仏』『うわさの人物』『猫怪々』『お祓い日和 その作法と実践』『鍛える聖地』『大江戸魔方陣』『もののけ物語』『たてもの怪談』、小説に『祝山』『目嚢』など多数。

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