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将来への不安だらけの斜陽の国で万博が開催される意味とは 第18回 高齢者と若者の国力低下への感覚差

あってはいけない差別、使ってはいけない言葉。 昨今の「反・上下差」の動きは、2015年に国連加盟国で採択されたSDGsの広まりにより急速化した。 差別や格差を無くし、個々の多様性を認め横並びで生きていきましょう、という世の中になったかに見えるものの……。 貧困差別、ジェンダー差別、容貌差別等々、頻繁に勃発する炎上発言に象徴されるように、水面下に潜った上下差への希求は、根深く残っているのではないでしょうか。 名著『下に見る人』の書き手、酒井順子さんが、生活のあちこちに潜む階級を掘り起こしていく連載です。
イラストレーション:石野点子
イラストレーション:石野点子

第18回 高齢者と若者の国力低下への感覚差

 実は私、大阪万博へ行ったことがあるのです。それは一九七〇年のこと。EXPO’70と言われた大阪万博(正式名称は日本万国博覧会)は日本中で話題沸騰となり、誰もが行きたがっていたのだそう。
 二十代だった我が母も、
「行ってみたいわ!」
 と、持ち前のミーハー気質を発揮したようです。仕事がある父と就学児の兄は家で留守番をする中、三歳だった私を連れて母は勇躍、大阪へ旅立ったとのこと。
 その時の記憶は、私の中には全く残っていません。しかしまだ頑是ない幼児を一人で連れてでも見に行きたい、と東京の若い母親に思わせたほど、大阪万博は盛り上がっていた模様です。
 後年母は、
「人だらけで、何も見えなかった。疲れに行ったようなものだった」
 と語っていましたが、一つのイベントがそれほどの人気を集めるということが、当時の日本の熱量を物語っていましょう。万博は、「この国は、もっともっと豊かになる」と信じることができた日本人に、夢や未来を提示したのです。
 それから、五十余年。二〇二五年に開催される大阪・関西万博については、辛気臭いニュースばかりが聞こえてきます。パビリオンを出展予定だった国が撤退を表明したりとか、会場整備費が当初見積もりの倍近くに膨れ上がってしまった等、先行きが薄暗くなってきました。
 それでも何とか帳尻を合わせて、万博は開催されるのだとは思います。しかしさらに危惧されるのは、万博に対する国民の冷ややかさです。趣味も興味も人それぞれとなり、国民皆が一つのものに熱狂する時代ではなくなった今、万博に対するワクワク感は少ない。いざ開催となっても、EXPO’70の時のような熱気は生まれないことでしょう。

 海外渡航が自由化されてから六年、まだ海外旅行が庶民のものではなかった時代に開催された昭和の時代には、「万国」という言葉の響きに無限の広がりが感じられたと思われます。対して今は、海外にも気軽に行くことができるし、ネットで何でも見ることができる。インバウンドが激増し、様々な国の人が街中を歩いている状況では、外国人を見て興奮するということもありません。外の世界に憧れる力が、あの頃の日本人と比べると著しく減少しているのです。
 そして何より、日本という国のエンジンがブンブンとふかされていたあの頃と比べると、今の日本は省エネ走行状態。「この先日本は、どうなるのかなぁ」と不安に思う人も多い中では、万博に行けば夢や未来と出会うことができるとは思いづらいのではないか。これは、二〇二〇年の東京オリンピックの前の空気と似ていましょう。新型コロナウイルスのパンデミックで開催できるか否かが議論された時も、「中止した方がいいんじゃないの?」という意見が多かったもの。東京でのオリンピック開催が決定して以降、エンブレムのデザインの盗用疑惑や、開会式を巡る様々なトラブル等が続くと、かつての東京オリンピックの盛り上がりと比較して「日本もダメな国になったものだ」というムードがあふれました。
 一年遅れでオリンピックが開催された時は、日本自慢の「クールジャパン」感も、国の勢いも全く感じさせない開会式を見て、私はしんみりした気分になりました。「なぜあのような開会式にしてしまったのだ」という怒りや、「名誉挽回しなくては」という負けん気よりも、自国のダメさ加減に対する諦念が先に立ったのです。
 バブルの崩壊以降、経済の低迷が続き、少子化も止まらずに人口は減少。明るい話の少ない日本において、オリンピックや万博といった大規模イベントは、懐メロ歌手のコンサートのように見えます。それでも、栄光よもう一度と、昔と同じ手段に頼る姿勢に接すると、そこはかとない哀しみが湧いてくる。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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