2023.11.3
ジャニーズという名が消えるとき 第17回 男性アイドルの立ち位置

第17回 男性アイドルの立ち位置
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。
ベベ〜ン……、と琵琶の音が聞こえてきそうな感慨を、二〇二三年のジャニーズ性加害問題に際して、私は覚えておりました。
まさに、「奢れる人も久しからず」。男性アイドル界の一強、ジャニーズ事務所がその名を消し、やがて消滅することになろうとは、少し前まで誰が想像したことでしょうか。人生の中でジャニーズアイドルに夢中になった経験の無い私ですら、無常の風に吹かれた気分になったものです。
この問題の遠因として存在するのは、昭和と令和の人権意識の違いというものかと思われます。昔は何となく見逃されていた人権侵害行為が、今の世ではそうならなくなった結果として、ジャニー氏の行動は糾弾されることとなった。
昭和時代にも、ジャニー喜多川氏の少年に対する性行為の噂は囁かれていました。しかし多くの人が、それが犯罪だという認識は持たずに、噂を聞いていたのではないか。ジャニー氏の“行為”は、芸能界という特殊な世界で生きていくための通過儀礼、もしくはイニシエーション的な捉えられ方をしていたのです。
特に、昭和六十三年(一九八八)に、元フォーリーブスの北公次氏が『光GENJIへ』という本を出すと、その噂は一般の人も知るところとなりました。北氏は本の中で、少年時代にジャニー氏から受けた生々しい性被害を告発。当時のトップアイドルだった、光GENJIというグループに呼びかける形のタイトルは、
「少年愛にとりつかれた男が経営するジャニーズ事務所にいるアイドルたちよ、おれの二の舞にだけはなってくれるな」
という思いから来たものだったのです。
当時、その本は世間でおおいに話題となりました。友人にジャニーズアイドル好きが多い私も本を貸してもらい、
「へーえ、やはり芸能界というのはすごい世界なのだなぁ」
と思ったものです。
とはいえ、その本がきっかけとなって警察が動いたり、報道番組がニュースとして取り上げたわけではありません。それは、芸能界という特殊なムラにおける特殊な出来事。そのムラは、世間の常識や法律や倫理観や人権意識が通用しない世界なのだとの感覚は、『光GENJIたちへ』以降、強まっていったのではないか。結果、ジャニーズ村での性犯罪は、その後も延々と放置され続けたわけで、「おれみたいになるな」との北氏の叫びが届くことはなかったのです。
そして令和五年、BBCという黒船が襲来。
これが昭和の時代であれば、BBCが何を報道しても、「まぁそう言われるとそうなんだけどねぇ。でも性犯罪とかそういうことじゃなくって……」などと、うやむやにされたかもしれません。令和においても、当初はうやむや方面への流れを作ろうという動きが見えたものの、さすがに日本でも人権意識は一定の高まりを見せていたのであり、ある時から潮目が変化。とうとう、ジャニーズという名前の消滅に至ったのです。
ではなぜ、令和になるまで、ジャニー氏の少年に対する性加害は、多くの日本人に認知されながら、放置されていたのか。……と考えてみると、まずは芸能界というムラがあまりに特殊視されていたからという事情がありましょう。