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「好く力」の強弱は幸福度に比例するか  第10回 「推し」持ちと推せない女との深い溝 

あってはいけない差別、使ってはいけない言葉。 昨今の「反・上下差」の動きは、2015年に国連加盟国で採択されたSDGsの広まりにより急速化した。 差別や格差を無くし、個々の多様性を認め横並びで生きていきましょう、という世の中になったかに見えるものの……。 貧困差別、ジェンダー差別、容貌差別等々、頻繁に勃発する炎上発言に象徴されるように、水面下に潜った上下差への希求は、根深く残っているのではないでしょうか。 名著『下に見る人』の書き手、酒井順子さんが、生活のあちこちに潜む階級を掘り起こしていく連載です。
イラストレーション:石野点子
イラストレーション:石野点子

第10回 「推し」持ちと推せない女との深い溝

 若者や子供達に対して、
「何かメッセージをお願いします」
 などと言われることがたまにあります。未来ある若い人々に、生きる上で役立つアドバイスを、ということなのですが、「生きる上で役立つアドバイスがあれば、自分が知りたいものだ」と思い続けている私としては、そんな時にいつも困り果てるのでした。
 困った末に私が言いがちなのが、
「何か一つ、大好きなものを見つけるといいですね」
 ということ。大好きなものがあれば、おのずと進路も決めやすい。それが将来、仕事になるとは限らないものの、大好きな何かが存在することによって、人生には張りが出るのですよ、と。
 しかしそう言われた若者達は、「あーまたそれ」という顔をしています。今、「好きなものを見つけろ」というのは、おそらく大人達が最もよく口にしがちなアドバイス。
「夢中になれるものを探せ」
「『好き』を力に」
 などと、若者は何かというと「とにかく何かを好きになれ」とけしかけられ続けているので、すでに耳にタコ、という状態なのではないか。
 昨今は、「好く力」とでも言うべき能力が、非常に重要視されている時代です。何かを好きになる力の多寡によって、人生は面白くもつまらなくもなる。また、「好く力」を持つことによって、人生はグッと楽にもなるようだ、と大人達は実感しているのであって、だからこそ我々は若者達に、「好きになれるものを見つけろ」と言いがちなのです。
 子供の頃から大好きな道が定まっていれば、その道をひたすら進むことによって、人生は切り拓かれていくものです。進路にしても、好きなことがある人は、あまり悩まずに済む。絵を描くことに夢中なのであれば、美大を目指すことになりましょう。料理が大好きで料理人になりたいのなら、特に大学に行かなくてもよいのです。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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