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男性目線の「女は見た目」意識が地下に潜ったその結果 第19回 反ルッキズム時代の容姿磨き

あってはいけない差別、使ってはいけない言葉。 昨今の「反・上下差」の動きは、2015年に国連加盟国で採択されたSDGsの広まりにより急速化した。 差別や格差を無くし、個々の多様性を認め横並びで生きていきましょう、という世の中になったかに見えるものの……。 貧困差別、ジェンダー差別、容貌差別等々、頻繁に勃発する炎上発言に象徴されるように、水面下に潜った上下差への希求は、根深く残っているのではないでしょうか。 名著『下に見る人』の書き手、酒井順子さんが、生活のあちこちに潜む階級を掘り起こしていく連載です。
イラストレーション:石野点子
イラストレーション:石野点子

第19回 反ルッキズム時代の容姿磨き

 岸田首相に「増税メガネ」というニックネームがつき、それが新聞等でも取り上げられているのを見た時に思ったのは、「メガネ」という言葉はもはや差別語ではなくなったのかも、ということでした。
「増税メガネ」の「メガネ」には、もちろん多少の揶揄感覚は含まれています。けれど、もし「増税デブ」「増税チビ」などという言い方だったなら、ネット以外のメディアには取り上げられなかったことでしょう。「メガネ」というのが、外見差別とまではいかないが多少の揶揄感は醸し出すという、絶妙な着地点だったのです。
 同時に感じたのは、「メガネ」という言葉が及ぼす影響の男女差でした。もしも首相がメガネをかけた女性で、「増税メガネ」と言われたとしたら、もっと差別的な言葉として取り沙汰されることが多かったのではないか。
 かつて「メガネ」は、女性のみに適用される差別語でした。昭和時代、「ブス、チビ、メガネ(他にも、「カッペ」、「馬鹿」といった言葉も入っていたのだが)は採用不可」という、某企業の女性社員の採用基準が流出して、問題になったことがあります。「女は見た目」というのは、誰もが認識している当時の感覚ではありました。が、それを裏でとはいえ明文化しているとはどうなのだ、と問題になったのです。
 その事件によって、「女にとってのメガネって、不利な条件だったんだ!」と初めて知った十代の私は、当時すでにメガネを使用していました。うすらぼんやりした顔立ちが、少しは締まって見えるということで、むしろ積極的にメガネをかけていたのです。
 ですから私は、世の中では「女のメガネ」がそれほどまでにハンディキャップと捉えられている、という事実に驚いたのです。確かに周囲を見ると、目が悪い女性の多くは、コンタクトレンズを使用していました。他人からはしばしば、
「あなたはなぜコンタクトにしないのか」
 と問われ、私としてはそう問われる理由がよくわからなかったのですが、昭和時代は、女のメガネは就職のみならず恋愛や結婚にも不利というのが一般的解釈だった模様。
 

 メガネ女性に関しては、「本など読んでいて、生意気なことを言いそう」といった印象も、当時はあったのでしょう。メガネ女性差別の背景には、「女に学問はいらない」との感覚もまだ、存在していたのではないか。
 しかしその後、メガネを取り巻く状況は大きく変化しました。視力矯正用具と言うよりは、ファッションアイテムとしてのメガネという認識が広まり、センスの良いメガネを安く作ることも可能に。男女を問わず、メガネを積極的に取り入れる人が増えたのです。
 アニメ等の世界では、メガネっ娘が人気にもなりました。知的キャラが好き、メガネ顔と素顔のギャップがいい、といった声に支えられ、メガネっキャラクターは定着していったのです。
 今となっては、メガネだから駄目、などと就活中の女子学生を見るような企業は無いことでしょう。ことメガネに関して言うならば、かつては存在した差別が、ほとんど消滅した気がするのであり、ルッキズムを乗り越えようとしている現代において、メガネは一つの成功例と言うことができるのではないか。
 他の面においても、容姿に対する認識にはかなりの変化が見られます。昭和時代は、若い女性に対して、
「そんな○○じゃ、お嫁にいけないよ」
 という脅しがしばしばかけられたもの。「○○」には、「メガネをかけていたん」とか「化粧っ気もないん」とか「太っていたん」といった言葉が入ったのであり、つまりは「男性好みの容姿にならないと、あなたは結婚することができない。それでもいいのか」と、若い女性は言われがちだったのです。
 つまりその時代、女性の容姿は異性を惹きつけるために磨くべきものという認識がありました。女性は結婚をしなくては生きていくことができない。だからこそ容姿を磨かなくてはならない、という感覚が存在したのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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