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ワールドカップサッカーで再認識した「頭脳」や「権力」をしのぐ力とは 第7回 『ドラえもん』が表す子供社会格差

あってはいけない差別、使ってはいけない言葉。 昨今の「反・上下差」の動きは、2015年に国連加盟国で採択されたSDGsの広まりにより急速化した。 差別や格差を無くし、個々の多様性を認め横並びで生きていきましょう、という世の中になったかに見えるものの……。 貧困差別、ジェンダー差別、容貌差別等々、頻繁に勃発する炎上発言に象徴されるように、水面下に潜った上下差への希求は、根深く残っているのではないでしょうか。 名著『下に見る人』の書き手、酒井順子さんが、生活のあちこちに潜む階級を掘り起こしていく連載です。
イラストレーション:石野点子
イラストレーション:石野点子

第7回 『ドラえもん』が表す子供社会格差

『ドラえもん』ののび太、ジャイアン、スネ夫の三人は、子供社会において格差が発生する要因とは何かを、よく表している存在です。
 身体が大きいジャイアンは、肉体的な「力」を持っています。裕福な家の息子であるスネ夫が持っているのは、「金」。対してのび太は、金も力もなかりけり、だけれど色男ではなく、コミュニケーション能力が発達しているわけでもないという存在。そんなのび太はしばしば、ジャイアンからは肉体的な力を、そしてスネ夫からは金の力を見せつけられるのでした。
 のび太は、「力」や「金」、はたまた「意欲」や「努力」等の不足によって生じる格差の前に、いつも呆然としています。するとドラえもんが様々な便利な道具をポケットから出して、助けてくれることになる。
 子供むけのマンガや物語においてはしばしば、のび太達のように、仲良しグループを構成するメンバーがそれぞれ全く違う個性を持っています。様々な個性を発揮することによって互いに助け合ったり足を引っ張り合ったりしつつ、物語は進んでいく。
 その中の一人として登場しがちなのは、「ハカセ」的なニックネームを持つ、博識ガリ勉キャラ。子供達が難局に遭遇した時、ハカセの知識や知恵によって問題が解決されて皆が助かる、となるわけですが、『ドラえもん』の特徴は、出木杉くんはいるものの、メインのキャラクターの中にその手の「ハカセ」的な子供が採用されていないところです。
 実際、子供社会において勉強ができる子の存在感は、特別大きくありません。親や先生からは良い子として見られているものの、大人ですら、「勉強好きで地味な子より、勉強嫌いだけれど元気で明るい子の方が子供らしくて可愛い」と本当は思っていたりする。もちろん子供達の間でも、ただ真面目なだけの子は、あまり人気がないのです。
 子供が「おお!」と瞠目するのは、やはり足が速い、身体が大きい、ボールを遠くに飛ばせるといった目に見える「力」に対して。そして、いち早く新しいゲーム機器を買ってもらえるとか、好きなおやつ買い放題といった「金」の威力を目の当たりにした時もやはり子供達は、「おお!」と目を見開くもの。
「勉強ができる」という能力は、テストの点数や通知表の数字にしか表れることがなく、いかんせん地味なのです。それが将来どう人生に効いてくるのかも、小さな子供にはまだ、よくわかりません。勉強ができる子供達がスポットライトを浴びて生き生きと輝くのはもう少し先、つまりは受験期を待たなくてはならないのでした。
 藤子・F・不二雄先生は、その辺りの事情をよくわかっていたからこそ、のび太の最も親しい仲間としてガリ勉キャラを登場させなかったのだと思います。「力」を誇示するジャイアン、「金」の存在を匂わせるスネ夫もまた、のび太と同様に勉強は得意ではありません。『ドラえもん』は、子供達が偏差値で順位づけがなされる世に出る前の、ごく短い幸せな時間を描いた物語だと言えましょう。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』など多数。

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