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子は、親に左右される人生を脱出できるか 第5回 ”親ガチャ”を嘆く若者の問題意識

あってはいけない差別、使ってはいけない言葉。 昨今の「反・上下差」の動きは、2015年に国連加盟国で採択されたSDGsの広まりにより急速化した。 差別や格差を無くし、個々の多様性を認め横並びで生きていきましょう、という世の中になったかに見えるものの……。 貧困差別、ジェンダー差別、容貌差別等々、頻繁に勃発する炎上発言に象徴されるように、水面下に潜った上下差への希求は、根深く残っているのではないでしょうか。 名著『下に見る人』の書き手、酒井順子さんが、生活のあちこちに潜む階級を掘り起こしていく連載です。
イラストレーション:石野点子
イラストレーション:石野点子

第5回 ”親ガチャ”に見る若者たちの諦観

 「親ガチャ」という言葉が、昨今の若者の間では使用されているようです。子供自身では選ぶことができないのが親であり、その親のあり方によって、子供の人生がほぼ決まってしまう。……というやりきれなさを、「ガチャ」にたとえて表現するという、この手法。他のネットスラングと同様、「うまいこと言うなー」と思います。
 とはいえ「親は選べない」ということも、「どのような親を持つかで、子供の人生は決まる」ということも、昨日今日見られるようになった現象ではありません。有史以来、人は延々と、自分で選ぶことができない親に左右される人生を歩み続けてきたのではないか。
 親ガチャという言葉の、新しさ。それは、「子供の人生は、親次第」という、従来であれば当たり前だと思われてきたことに対して、
「親次第で人生がほぼ決まっちゃうって、どうなの?」
 と、問題提起をしたところなのでしょう。ガチャで引き当てた親が今ひとつだからと言って「仕方がない」と諦めるのではなく、「自分はこんなにひどい親の元に生まれてしまった」と世に訴えたり、「親が今ひとつだからといって、自分の人生も今ひとつになるのはおかしいのではないか」と言ったりしてもいいのだ、という気運を世にもたらしたのです。
 洋の東西南北や時代の今昔を問わず、
「なぜ自分は、この親の元に……」
 と、人は思い続けてきました。
「私が王家に生まれたお姫様だったら、毎日美しい服を着て、美味しいものをたらふく食べていただろうに」
 と、貧しい家に生まれた子は思ったことでしょうし、反対にお姫様として生まれた子は、
「私が普通の家に生まれていたら、こんなに窮屈な日々を送らずに済んだのに」
 と思ったに違いない。
 実際、現代日本の皇室に生まれた某姫は、親や世間の猛反対を押し切って恋人と結婚し、自由を求めてアメリカへと渡りました。彼女もきっと、
「どうして私はこの家に生まれてしまったのか」
 と、「親ガチャに外れた」感を覚えていたに違いありません。彼女の結婚強行は、親ガチャへの異議を表明するための行為でもあったように思います。
 階級社会においては、親が属する階級に子供も属すわけで、多少の努力や根性では、階級の移動はほぼ不可能とされています。日本においては、明治維新後に士農工商的な階級が消え、さらには戦後になって華族制度がなくなりました。皇族という上つ方がごく少数ながら存在するとはいうものの、階級制度は存在しない国だと言っていいでしょう。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』など多数。
最新刊は、京都に住んでいた小野小町から新島八重までをたどる『女人京都』(小学館)。

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