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「長生き」=「幸福」か 第14回 いつまでも気が抜けない「普通」のおばあさんたち

あってはいけない差別、使ってはいけない言葉。 昨今の「反・上下差」の動きは、2015年に国連加盟国で採択されたSDGsの広まりにより急速化した。 差別や格差を無くし、個々の多様性を認め横並びで生きていきましょう、という世の中になったかに見えるものの……。 貧困差別、ジェンダー差別、容貌差別等々、頻繁に勃発する炎上発言に象徴されるように、水面下に潜った上下差への希求は、根深く残っているのではないでしょうか。 名著『下に見る人』の書き手、酒井順子さんが、生活のあちこちに潜む階級を掘り起こしていく連載です。
イラストレーション:石野点子
イラストレーション:石野点子

第14回 いつまでも気が抜けない「普通」のおばあさんたち

 親の葬儀などを出してみると、人は人生の最後まで格差の中を生きるのだな、ということがしみじみわかるものです。人が死んだとなるとすぐに葬儀社の人達がわらわらとやってきて葬儀の準備となるわけですが、お棺、骨壺からお通夜後に供する寿司まで、ありとあらゆるものがそのレベルによってランクづけされている。火葬場においても、炎はどれも同じであろうに、質素なカマからゴージャスなカマまで色々あって、その使用料は全く違うのであり、ましてや戒名においては、その設定理由が一般人には全く理解できない金額、じゃなくてお布施の差が。
 この状態は、死を迎える前段階から始まっています。どのレベルの治療をするのか、病院では個室なのか大部屋なのか等、これまた「地獄の沙汰も……」と呟きたくなる状態に。経済的な格差は寿命の格差に直結するのでしょうね、と思わざるを得ません。
 がしかし、立派な葬儀を出したり、豪華なカマでお骨になったりすることが本人にとって幸せなのかというと、私にはよくわからないのでした。昨今の高齢者達を見ていると、お金をたくさん持っている人が必ず幸せそうなわけでもなく、また質素な暮らしをしている人が不幸なわけではない。高齢になってからの幸福感の高低には、お金以外の様々な要因が関係しているようなのです。
 中高年のほとんどが抱いている「老後の不安」の大きな部分を占めているのは、確かにお金の問題です。○歳までに○○万円の貯金が必要、といった言説は、人々の不安感を煽るもの。もしその○○万円を貯めたとしても、予想を超えて長生きをしたら……と考えると、不安はさらに募るのです。
 一方で、お金と同等もしくはそれ以上に大切とされているのが、健康です。いくらお金があっても、健康でないと意味がないということで、年をとると「金持ち」と「健康持ち」の価値は、ほとんど変わらなくなってくるのです。
 知り合いの女性は、九十代半ば。高級な高齢者施設で、生活しています。しかしたまに電話で話すと、彼女はあまり幸せそうではありません。
「施設に住んでる人とはあまり話は合わないし、食事にも飽きちゃったわ。もう、ただ生きてるだけよ。長く生き過ぎてしまった……」
 と。
 端から見ていると、彼女は「全てを持つ高齢者」なのです。まずは、誰もができるわけではない「長生き」をしている。年齢なりに脚が悪かったりはするけれど、認知症でも寝たきりでもない。
 子、孫、ひ孫に恵まれ、それぞれが立派に成長してもいます。そして何よりも彼女の亡き夫は実業家だったのであり、夫の会社は息子が継いでいる。高齢者の多くが不安を感じている経済的な面で、全く不安を感じずに過ごすことができるのです。
 全てを持っているのになぜ、幸福感が低いのかというと、いみじくも彼女が言ったように、「長く生き過ぎてしまった」という感覚が関係している気がしてなりません。九十代ともなれば、樋口恵子先生おっしゃるところの「ヨタヘロ期」となり、自分がしたいことを思いのままにできるわけではない。施設では不自由のない生活をしているけれど、刺激は無い。
「長く生きるのも、考えものよ」
 と、彼女は言うのです。
 思い返せば昔は、「長生き」=「幸福」でした。長生きができる人は、恵まれた人。お年寄りに対して人は、ほとんど挨拶のように、
「長生きしてくださいね」
 と声をかけていたものです。
 しかし今、
「長生きしてくださいね」
 という言葉を、あまり聞かなくなりました。私達は、長生きが必ずしも幸福でも幸運でもないと感じているのであり、お年寄りに対して「さらなる長生きをせよ」と言うのは酷なのではないか、という気持ちを抱いているのです。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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