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日本の伝統的ダサさの継承者は誰か 第13回 経済力に比例しない「センス」

あってはいけない差別、使ってはいけない言葉。 昨今の「反・上下差」の動きは、2015年に国連加盟国で採択されたSDGsの広まりにより急速化した。 差別や格差を無くし、個々の多様性を認め横並びで生きていきましょう、という世の中になったかに見えるものの……。 貧困差別、ジェンダー差別、容貌差別等々、頻繁に勃発する炎上発言に象徴されるように、水面下に潜った上下差への希求は、根深く残っているのではないでしょうか。 名著『下に見る人』の書き手、酒井順子さんが、生活のあちこちに潜む階級を掘り起こしていく連載です。
イラストレーション:石野点子
イラストレーション:石野点子

第13回

 私が子供の頃、すなわち昭和時代の日本は、今よりもずっとダサかった記憶があります。鍋や電子ジャーやホーロー鍋にはアネモネ的な毒々しい色の花柄がもれなく描かれ、文房具やTシャツには、有名無名のブランドロゴや、特に意味の無い英文が記された。
 おそらくその時代の日本人は、空間恐怖症気味だったのだと思います。戦後の物が無い時代の記憶を持っている当時の大人達は、何も描かれていない空間を見ると落ち着かなくて、空間という空間を、イラストやら文字やらで、せっせと埋めていたのではないか。
 当時は、家電製品であれTシャツであれ、シンプルなデザインのものを買おうとしてもなかなか見つからなかったものです。たまにあるとそれはヨーロッパ製のものだったりして、尋常でなく高価だった。
 そんな状況に革命を起こしたのが、無印良品です。無印良品が日本に登場したのは、一九八〇年代初頭。日本がますますゴテゴテしていこうとする中で、何ら「印」がついていないという無印の商品は、新鮮でした。ノーブランドというブランドは一世を風靡したのであり、その後は海外にも進出する人気店に成長したのです。
 今となっては、昭和の花柄ホーロー鍋などが、若者から「レトロで可愛い」と言われるようになっています。若者達は、生まれた時からシンプルで安い物品が溢れる環境で育っているので、昭和的なデザインがかえって新鮮に見えるのだそう。昭和レトロデザインのホーロー鍋やら食器やらが、新たに作られて売られているというではありませんか。
 このような事例を見ると、センスの良いも悪いも紙一重、という気がしてくるのでした。その昔、あれだけ「ダサい」と憎んだ花柄の鍋も、今の世に置いてみると、確かに可愛い。反対に、今の世で当たり前に見られる無地のTシャツにデニム、といった格好で昭和の街に立ったなら、「貧乏くさい」「だらしない」などと思われるのかもしれません。
 語源は諸説あるようですが、「ダサい」という言葉は一九七〇年代から若者言葉として登場し、八〇年代となると一気に人口にかいしやしていきます。センスが悪い、垢抜けない……といった意味を持つこの言葉が広まった背景には、一九六〇年代の半ばに「かっこいい」という言葉が大流行したという事実があるのではないかと、私は思っています。
 今でも当たり前に使用されている「かっこいい」は、「平凡パンチ」が創刊されるなどして、若者文化が一気に花開いた時代の流行語でした。「かっこ」とは「格好」、すなわち姿かたちのことを意味します。見た目が良い、それも甘ったるくなくてちょっと辛口、そして色気が伴うようなタイプが「かっこいい」人。
「かっこいい」と評される対象は姿かたちだけでなく、行動や生き方にも及びました。性格の善し悪しや、出自や学業成績の高低といった従来の物差しでは測ることができない価値基準が、若者の間で誕生したのです。
 勉強ができないワルでも、かっこよければ人気者に。その手の人は、勉強ができる善人よりもずっと輝かしい青春時代を送ることができました。
 かっこいい人が礼賛されるようになると、一方ではかっこよくない人も、目立つようになってきたことでしょう。かっこよくないことを示す言葉は「かっこ悪い」であるわけですが、人々はそのうち、さらに寸鉄人を刺す的な表現が欲しくなってきたのであり、その時に浮上したのが、「ダサい」という言葉だったのではないか、というのが私の推論。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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