よみタイ

店なんてやめても生活できるような状態になりたかった 第4回 祖父の代から続くアルコールの負の歴史

今は亡き実家の母、認知症が進行し要介護となった姑。
母親であること、妻であること、そして女性として生きていくということ。
『兄の終い』『全員悪人』『家族』がロングセラー、最新刊『本を読んだら散歩に行こう』も好評の村井理子さんが、実母と義母、ふたりの女性の人生を綴ります。

もう少し優しい娘だったら、もう少し寛大な妹だったら

 従姉妹いとこが実家から持ち出してきてくれた、古い家族写真や遺品を、時間をかけて整理している。これも、一人残された私に与えられた仕事なのかもしれないと思いつつ、元気な頃の父や母、そして兄の姿を眺めながら、失われていた古い記憶の欠片かけらを拾い集めるような時間を過ごしている。思い出すのは、うまく機能していなかった私たち家族の暮らしのことだ。写真をきっかけとして古い記憶に触れるたび、思わずため息が出てしまうが、不思議なことに心には温かさも灯る。こんなにも悲しい作業なのに、まるで、懐かしい彼らに再会できたような気持ちになる。逃げ続けてきた原家族との繋がりだが、失ってはじめて、私の中に間違いなくある彼らへの強い愛情を意識する。私だけではなく、きっと多くの人が経験することだと思うけれど、家族全員を見送る立場になるという困難を、大人として(そして子どもの立場として)どう乗り越えたらいいのだろう。その方法を聞いてみたい気がする。
 なにせ、このいたたまれない気持ちをどうしたらいいかわからない。どれだけ時間が経ったとしても、わからないものはわからない。父は早くに亡くなってしまったし、兄との一筋縄ではいかない関係が災いして、晩年の母との間にあった誤解を解くことができなかった。兄とは彼の突然死という形でプツリと関係が途絶えてしまっている。あまりにもあっけない別れで、実感もない。私がもう少し優しい娘だったら、もう少し寛大な妹だったら、違う結果が導かれていたのかもしれないと思う日もある。心にぽっかりと開いてしまった穴は、母と兄の葬式で喪主を務め、兄のアパートの片付けをし、これから先は母が住んでいた実家を処分する予定だという事実があったとしても、なかなか埋めることができない。義務を果たしたとしても、このいたたまれなさが消えることはない。
 とても不思議な気持ちになるのは、先祖の姿が写された古い写真を眺めるときだ。この作業を始めるまで、名前も知らなかった曾祖父や曾祖母、かなり近い血縁関係にある随分昔にせきに入ったはずの親戚たちの姿を見るというのは、特別な経験だと思う。おおよそ百年前に撮影された、絵画のようにも見える写真の数々が、こちらに何かを訴えかけてくる。そのいかめしい表情をじっと見つめていると、当時の彼らの静かな語りが聞こえてきそうだ。確かに私はこの人たちの子孫になるわけだけれど、当時の生活は想像もつかない。でも確かにそこにある親近感。過去から真っ直ぐ現代まで続く時間軸のうえに存在した彼ら。私たちは確かに繋がっている。こんな気持ちははじめてだ。
 母は満州生まれで三歳のときに日本に引き揚げてきたそうだが、その頃の写真を見ると、母方の祖父母にはまったく笑顔がない。状況を考えれば笑顔も出なかったのだろうが、そんな混沌こんとんの時代に家族全員で写真撮影をした夫婦の気持ちを想像すると、当時のギリギリの生活が窺えるように思う。家族を必死に守りたい、一緒に過ごしていた証拠を残したいという気持ちがにじみ出ているようにも見える。祖父は私が小学生のときに亡くなっているが、彼に当時の話を聞かなかったことが残念だ。祖父母は引き上げてから多くの苦難を乗り越えて、母を含む子どもたちを育て上げたと聞いている。

1 2 3 4 5

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント
村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
新刊エッセイ『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』(CCCメディアハウス)が、12月16日に発売!


ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

週間ランキング 今読まれているホットな記事