2022.11.15
兄ちゃんはうるさくて嫌だけど、やっぱり娘はいいわね 第5回 ひとりで生きていく勝負を強いられた母、夫と離れず暮らすことで生き延びた義母
母親であること、妻であること、そして女性として生きていくということ。
『兄の終い』『全員悪人』『家族』がロングセラー、最新刊『本を読んだら散歩に行こう』も好評の村井理子さんが、実母と義母、ふたりの女性の人生を綴ります。
法事に参加するため、義母を故郷の和歌山県に連れて行くことになった。認知症になってからの義母は、自分が今現在どこで暮らしているのかが曖昧になり、幼少期から成人するまで過ごした和歌山での暮らしについて頻繁に口にするようになっている。時折、「和歌山県に暮らしていたから、ここの暮らしは大変だ」と言い、「来たばかりだからまだ慣れない」と私に打ち明けることも多くなった。三〇年以上も暮らした現在の家の暮らしが不自由で、暮らしやすかった「和歌山に帰りたい」と言う義母に、義父の苛立ちは募っているようにも思える。
法事の話を聞いたときに思ったのは、今の義母の状況であれば里帰りを十分楽しむことができるし、懐かしい友人や親戚に会ったとしても、さほど問題はないだろうということだった。しかし、夫の意見は違っていた。今の状態で戻れば、義母の変化は誰にとっても明らかなのではないか。それで義母は幸せなのだろうか。可哀想なのではないだろうか。本当に義母は故郷のことを記憶しているのか。
確かに、夫の意見にも一理あった。でも、もしこれが、義母が本当の意味で故郷に戻ることができる、ラストチャンスだったとしたら? 懐かしさを抱き、故郷の景色を眺めることができるのは、もしかしたら最後なのでは? 二人でしばらく悩んだ末、義母を故郷に連れて行き、法事に参加させることに決めた。義父にもそう伝えた。義父は一瞬迷ったようだったが、きっと彼も、これがしっかりと故郷を見ることができる最後かもしれないと考えたのだと思う。すぐに納得してくれた。
私はすぐさまレンタカーを手配した。私の愛車は大型犬による汚染が酷いので使うことはできない。そのうえ、五人乗りとは言え、狭い。古い車なのでエアバッグも搭載されていない。車高があり、高齢者にとっては乗り降りがしにくい、つまり高齢者にはまったく適さない。脳梗塞の後遺症のため、左足が若干不自由な義父に配慮する必要があったため、迷わず大型のワゴン車を借りることにした。どうせ行くなら贅沢にしなくちゃ。宿は思い切って海に面した温泉宿を予約した。食堂で提供される食事も楽しいが、やはり部屋で豪華に食べることができれば最高だ。だから、食事も部屋で食べることができるようにした。すべてを手配し、そして笑顔で夫に「がんばってな」と告げた。そう、私は最初から同行するつもりはなかった。義母、義父、そして夫の三人で、久しぶりの家族旅行に行けばいいと思っていたからだ。やっちゃいなよ、家族水入らずってやつを……と、夫に提案したのだ。
夫はぎょっとした顔で「えっ? 俺だけ?」と言った。「当然でしょ」と私は答えた。「無理だわ~。あんなにわがままな高齢者を二人も連れて行くなんて、絶対に無理だわ~」と言う夫に、「仕方ないでしょ。子どもだって犬だって、置いていくわけにはいかないんだから」と、私は満面の笑みで答えた。
「まあ、楽しんできてよ、久しぶりの家族旅行なんだし。手配はすべて完璧に済ませておいたから」
こうやって、夫、義理の両親の、数十年ぶりの家族旅行が実現したというわけだ。