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村井理子「実母と義母」

女は旦那に命がけで尽くすもの 第3回 義父母の病と母の最後の恋

必死に仕事をする私VS逃げる義母

 さて、四年前、義父が倒れた日に戻る。その日、店は数名の客を昼時に迎える予定となっていた。アルバイトに来てくれていたのは若手のケイちゃんで、義父も義母も彼女が一番のお気に入りだった。そのケイちゃんが、義父の異変をいち早く察知した。「ずっとフラフラしてはったんですよ」と後から彼女は教えてくれた。「ずっとフラフラしてはるし、呂律ろれつも回っていなかったんです。だから私、すぐに車に乗せて、病院に運び込んだんです」。ケイちゃんが運び込んでくれた病院で義父は、脳梗塞と診断され、緊急入院となった。最終的には、リハビリ病院も含めて半年の入院となった。
 一緒に病院に行った義母から私のところに電話があったのは、義父が運び込まれてから数時間後のことだったが、話の辻褄が合わない。ケイちゃんに代わってもらってようやく状況を把握し、夫に連絡を入れて会社から戻ってもらうよう伝えた。私は夫より一足早く病院へ向かい、ケイちゃんには混乱している義母を実家に送り届けてもらった。夫と合流し、入院の手続きをして、夕方ようやく実家に戻ると、そこにはすでに別人になってしまった義母が一人で座っていた。何も覚えておらず、しきりに義父の居場所を知りたがった。「お父さんを一人にしてはダメ」「あの人のところに行かなくちゃだめなんです」と、義母はうわごとのように繰り返す。とにかく、そんな状態で実家に残すことはできない。「お義母さん、私の家に泊まって下さい」と説得する私に、義母は「あなたの家ってどこ?」と答えた。
 あれだけ執着した私と夫と孫が住む家を一瞬にして忘れてしまっていた。夫の実家から車で数十分かかる場所に家を建てると知ると、なぜ同居しないのかと腹を立てたこともあった。時間があればひっきりなしにやってきては、何をするでもなくわが家にいるという、私にとっては悪夢のような何百時間も、義母の記憶にはない様子だった。
 荷物をまとめて自宅に連れ帰ると、まさに借りてきた猫のように、義母はあたりを見回し、居心地悪そうにするのだった。翌朝からは、私の隙を見ては「お世話さまでした。失礼します」と小声で言い、すっと玄関を開けて家を抜け出し、遠くに行ってしまうようになった。ふと悪い予感がして窓から外を見ると、山に向かって義母が早足で歩いている後ろ姿が見える。足音がするなと思い外を見ると、義母が外壁を登ろうとしている。必死に仕事をする私VS逃げる義母という構図は、この後一週間程度続いた。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』が、9月に文庫化予定!

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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