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娘が欲しかったんでしょうから許してあげなさい 第2回 結婚式をめぐる嫁姑の一騎打ち

今は亡き実家の母、認知症が進行し要介護となった姑。 母親であること、妻であること、そして女性として生きていくということ。 『兄の終い』『全員悪人』『家族』がロングセラー、最新刊『本を読んだら散歩に行こう』も好評の村井理子さんが、実母と義母、ふたりの女性の人生を綴ります。

晩年の母が暮らした古い家

 母が晩年暮らした古びた家の処分について、従姉妹いとこ(母の一番下の妹の次女)とやりとりする日々が続いている。私の記憶にある彼女は、素直で明るく、それでも控え目な小学生の姿だ。今は一児の母となった彼女は、数年前に亡くなった祖母名義のままでひっそりと建つ、私の実家とも言える古びた家にまつわるややこしい手続きを、孤軍奮闘して進めてくれている。母の死、兄の死、兄が住んでいたアパートの部屋の片付けで心身共に疲弊してしまった私は、ここ数年はそれまで以上に故郷と距離を置いてきた。私はもう、あの場所に戻ってはいけないとかたくなに信じていた。誰も住んでいない家があの地にあるとはわかっていたけれど、それでも、しばらくの間は考えたくはなかった。
 母が末期癌であるとわかったとき、まだ子どもが幼く、遠方に住んでいた私が頼ったのは、母と同じ町に住む叔母であり、従姉妹たちだった。母の変わり果てた姿を直視することができず、母の運命を受け入れることができなかった。私にとって母は、必ずどこかで生きてくれている存在で、私が何をやろうとも、たとえ罪を犯してしまったとしても、どんな私であっても、必ず両手を広げて受け入れてくれる、地球上でたったひとりの人だった。仲たがいをして連絡を取り合わない時期が長く続いていたにもかかわらず、私にとって母は、常にそんな存在だった。そう思えるような幼少期を母とは過ごしてきたし、母は私を精一杯育ててくれた。父が死に、貧困にあえぐことがなかったら、私との関係が崩れることはなかっただろう。
 死に直面する母の現実から逃げたのは私だけではなかった。兄も、母が末期癌だと知ると突然東北への移住を決め、母を故郷に置き去りにした。子どもが小さかったこと、体調が悪かったこともあり、母がひとり暮らしをしている家になかなか戻ることができない私に、とある親戚から長いメールが届いたことがある。娘であれば、子どもを引き連れてでも帰省し、あの家に住み、自分の親の面倒を見るのが常識ですとあった。親戚に押しつけるのは間違いです、親戚はあなたに怒っていますとも書かれていた。このメールがきっかけとなって、余計に母のもとに帰るのが苦痛になってしまった。私のことを嫌っている人たちが住む故郷は、どんどん遠くなり、二度と戻ることができない地となった。
 そんな私のもとに、最近になってぽつりぽつりと、数名の親戚から連絡が入り始め、紆余曲折うよきょくせつあり、結局、家の処分や母方の墓のこれからについて、私も話合いに参加して、何らかのアクションを起こさねばなるまいとようやく理解した。家屋の処分については、まずは誰かが祖母名義の家を相続しなければ手をつけることができない。それでは誰が相続をするのか、話はここからになる。嫌いだとか好きだとか、そんな子供じみたことを言っている場合ではないのだ。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)、『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)、『ふたご母戦記』(朝日新聞出版)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』など。



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