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猫沢エミ「猫沢家の一族」

父親のアノ部分を見てしまった親友がつぶやいた驚愕のひとこと 第6回 服と全裸と父・サピエンス〜猫沢家の服コンプレックスを脱ぎ捨てる2022年、夏

料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』、愛猫との日々を描く『猫と生きる。』がロングセラーとなっている猫沢エミさん。
2022年2月14日、コロナウイルスの終息が見えないなか、2匹の猫と共に再びフランスの地を踏み締めた。16年ぶり、二度目の移住のために。
遠く離れたからこそ見える日本、故郷の福島、そしていわゆる「普通」と一線を画していた家族の面々……。フランスと日本を結んで描くエッセイです。

第6回 服と全裸と父・サピエンス〜猫沢家の服コンプレックスを脱ぎ捨てる2022年・夏

パリで始まった猫沢版・借り暮らしのニャリエッティー

 この原稿を書いているのが9月初旬、そして私がパリへ引っ越したのが2月中旬。ほぼ7ヶ月が経とうとしているが、未だ日本からの引越し荷物が届かない。原因はコロナウイルスの弱体化によって、閉じていた世界が再び開き始め、物流の量が急激に増えたことによる貨物船輸送の世界的な遅延だった。すでに申し込みの時点で、日本の運送会社からは「通常1〜2ヶ月で届く船便での国際引越し荷物が、現時点では3〜4ヶ月かかる見込みです」と申し伝えられていた。しかも燃料費の高騰により、恐ろしく値段も跳ね上がっている。しかし、渡仏のタイミングで東京のマンションを売り払ってしまう予定だった私に他の選択肢はなく、すべての事情を飲み込んだ上で申込書にサインしたのだった。ところが私がパリ入りした10日後に、今度はウクライナ紛争が勃発した。コロナ禍の全盛期に世界中の人々が思ったであろう「なあに、戦争よりはマシだ」という、〝あり得ないことを想定しての慰め〟が一気にかいし、「マジか……戦争まで始まるなんて」と、あんたんたる気持ちに突き落とされた。
 そもそも私がパリ入りした時点では、フランス人の友人が持っている短期貸しのアパルトマンに借り暮らしをする、というところまでしか決まっておらず、引越し荷物を運び込める長期賃貸アパルトマンを見つけることができるかどうかさえ、まったくの未知数だったのだ。その後、渡仏から3週間でアパルトマンを見つけ、引越しまで完了させてしまうというミラクルがやってきて、「やっぱ思い切って勝負に出ると、運命はなにがしか味方してくれるもんだな!」なんて喜んでいたのも束の間、せっかく家が決まって、日本の運送会社へ配送先住所を伝えたのにもかかわらず、回答は「戦争の影響で、いつ出荷できるかの見通しすら立ちません」と、さらにトーンダウンした。

 ミラクルさえも、意味なし芳一……べべ〜ん♪

 と、つぶやきながら、パリで始まった猫沢版・借り暮らしのニャリエッティー。渡仏時に持ってきたスーツケース大3個と小1個。そして移住前、東京・パリ間を行き来していた当時、借りていた短期アパルトマンに置かせてもらっていた少量の荷物。これが、私の所持品のすべてだった。まず、切実に困ったのが服だった。そもそも、東京のマンションを引き払う際に行ったこれまでの人生最大の断捨離で、持っている服の80%を人にあげたりして整理してしまっていた私には、最低限の服しか残っていなかった。その中でも、本当に着まわせるものだけを数着スーツケースに入れてきたわけだが、これがさすがに少な過ぎた。向こう6ヶ月は引越し荷物が届かないと予想を立て、その間、出版が予定されている本を書くための資料や、仕事に必要不可欠な本や学術書の方が、服なんかよりもナンボか重要だったから。「服め……」と私は、またもやつぶやく。服、とは私を長くコンプレックスの殻に閉じ込めてきた命題だった。

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

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