よみタイ

「ガチ」を求めて三千里……マニアたちによる悲喜こもごもの狂騒曲

日本ほど「外国料理」をありがたがる国はない……!
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。

前回は、「インド料理マニア」による「インド料理マニア」解説が繰り広げられました。
インド料理編4回目となる今回は、そんなマニアたちが引き起こした悲喜こもごもの「南インド料理ブーム」について。

インド料理編④ 「南インド料理ブーム」は来たのか

 話はいったん前々回に戻ります。
 インド料理との出会いの時点において、僕はインド・ネパール店のバターチキンカレーとナンに少々失望し、その代わりに黎明期のレジェンド店を受け継いだかのようなカレーライスの良さを再認識、そして一人の元バックパッカーが本場で受けた衝撃をそのまま日本に持ち帰ったガチ系のチキンカレーに感動しました。
 後になって思えば、そこに現れた嗜好や価値観は、典型的な「インド料理マニア」のそれです。概論編で説明したインド料理の4カテゴリーのうち、マニアが尊ぶのは「ガチ系」および「レジェンド店」であり、最も軽視するのが「インド・ネパール系」だからです。
 ですがもちろんその時点の僕には、マニアとしての自覚は皆無です。(素質は充分、といったところかもしれませんが……)それどころか、ある時点で「インド料理は自分にとって特に必要ないもの」という見切りを付けました。その後訪れた店は(今になって思えば)全てインド・ネパール系であり、そのどこも似通った料理に対しては、全て最初の店と同様の印象しか持てなかったのです。

 そんな状況が少し変わり始めたのは2000年代中頃。
 当時僕はとある地方都市の郊外で、タイ料理をメインとしたエスニックカフェをオープンさせていました。学生時代からタイ料理にハマっていたのは以前書いた通りですが、その趣味が高じて、ついにお店を開くにまで至ったのです。
 その店にアルバイトとして入ってきたのがMくんです。Mくんもまたバックパッカーでした。旅も一段落して故郷に戻ってきた彼は、その旅の余韻も冷めやらぬまま、その地域で唯一のエスニック料理店だったその店にやってきて働き始めたわけです。

 そんなMくんがある日、こんな話を切り出しました。
「イナダさん、ミールスって知ってます?」
 初めて聞く言葉です。Mくんもあまりうまく言葉にできなかったようですが、要点をかい摘むと、それはインドと言っても南インド特有のカレー定食で、辛くて酸っぱくてさっぱりしてて謎めいた味がしてめっちゃうまい、ということのようでした。カレーっていうか、カレーなのかどうかすらもよくわからない、とも言っていました。
 そんな説明を受けても、さっぱり何が何だかわからなかったわけですが、ひとつだけ確かなことがありました。それは、インド料理と一言で言っても、そこには実は自分が知っている(つもりの)それとは全く違う世界があるらしい、ということです。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。

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