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やっぱり米が好き! スペイン料理における「パエリア」というキラーアイテム

日本ほど「外国料理」をありがたがる国はない……!
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。

前回までは、5回にわたる白熱のイタリアン考が展開されました。
今回は、スペイン料理編。前後編の前編をお送りします。

スペイン料理① ポスト・イタリアンとしてのスペイン料理

 イタリア料理は、日本の欧米料理シーンにおける絶対王者。そして成功者がいれば、それを追わんとする者も現れる、それが世の常です。「イタリア料理に続け」とばかりに、その座を狙う後続が次々出てくる。もちろん、イタリア料理に追いつくということはなかなか難しいわけですが、その牙城の一角を切り崩したという意味では、スペイン料理は最も成功したジャンルなのかもしれません。
 スペインとイタリアは、同じラテン民族で地理的にも地中海に面したご近所さん同士ということもあり、料理にも何かと共通点があります。そしてスペイン料理普及の過程において、その共通点の中でも特に重要なもののひとつが「オリーブオイルとニンニク」だったのではないでしょうか。
 オリーブオイルは、イタリアンブーム以前の日本人にとっては、ほとんど馴染みの無い食材でした。ニンニクだって今よりずっと非日常的な素材で、それは「スタミナをつけるための男の食べ物」といったような、ある種のマチズモ的イメージと結びついてもいました。少なくとも「女性が好むオシャレな食べ物」という世界に登場を許されるような代物ではなかったのです。
 それを簡単にひっくり返してしまったのがイタリア料理です。イタリア料理によって免罪符を与えられたアーリオ・オーリオすなわち「ニンニクあぶら」に、日本中が夢中になりました。そんなインフラが既に整備されていたからこそ、スペイン料理はすんなり受け入れられたのではないかと思います。それを象徴するかのようなモンスタークラスのヒットメニューが「アヒージョ」です。アヒージョはその後、スペイン料理の枠を超え、居酒屋を始めとする様々な業態に移植され、ついには家庭料理への仲間入りも果たしました。

イラスト:森優
イラスト:森優

 ここで一度、時計の針を巻き戻してみましょう。1970年代のレストランガイドが何冊か、今、手元にあります。スペイン料理店のメニューも(フランス、イタリアほどではないですが)そこそこ載っています。しかしそれらのどこを見ても、「アヒージョ」なんて出てきません。その他のメニューも、今我々がイメージするスペイン料理店のメニューとは随分異なっています。「ニンニクあぶら」的なものを用いたものは、どこにも見当たりません。その代わりなぜか、「ピザパイ」や「スパゲッティ」のコーナーがあり、メインディッシュのコーナーにはハンバーグ、ステーキ、ビーフシチューなどの「洋食」でお馴染みの料理が並びます。スペインならではと思える料理はガスパチョとパエリア、スパニッシュオムレツくらいでしょうか。
 つまり、こういうことです。イタリア料理によるインフラ整備無かりせば、今のようなスペイン料理は日本で存在すら許されなかったかもしれない。そしてスペイン料理には、イタリア料理が開拓したフロンティアとの共通性が多分にあったからこそ、ポスト・イタリア料理としても歓迎された。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。

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