2023.5.26
イタリアン店主の急所を突く「パスタ2皿だけの客」
二人でひとつずつパスタを注文
そんなふうに語られるイタリアンならではの愚痴の定番が、主に若いカップルに対するそれでした。
「ウチの店をスパゲッティ屋かなんかだと勘違いして来るんだよ」
と、彼らは苦々しげに言うのです。
「二人でひとつずつパスタを注文して、それ以外はせいぜいシーザーサラダをシェアするくらい。ワインなんてとんでもない。その後デザートを注文してくれるのは良い方で、一緒にコーヒーを勧めたら『付いてくるんですか?』って」
提供する料理そのものに関する愚痴もありました。
「ちゃんとしたパスタを出そうと思っても、クリームをしっかり煮詰めたらクドいって言われ、本場風のカルボナーラはこれはカルボナーラじゃないって言われ、メニューに無いペペロンチーノ作れって言われるから作ったら味がしないって言われ、とにかくホンモノは通用しないんだよ、この辺りの田舎じゃ」
僕はいつも何となく相槌を打ちながらその愚痴を聞きました。それは自分の仕事の一部であり、彼らにとってそんなことをあけすけに吐き出せる場は他にそうそう無いことも知っていたからです。そして彼らの鬱屈自体はよく理解できました。
しかし、そんな弱音をじれったく思っていたのも確かです。「甘いんだよ」とでも言いたくなる気持ちもありました。「それがあんたの選んだ道だろう?」と。でも 決して口には出しませんでした。なぜなら、彼ら自身もそれが「甘え」であるということ自体は重々解っていそうだったからです。
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その代わり、ちょっと無責任な提案を行ってみたりもしました。
「ちゃんとイタリアンらしいオーダーをして欲しいんだったらさ、夜のメニューは思い切ってプリフィックスコースだけにしたら良くない?」
彼らはその場では、それも良いかもねえ、なんて言いますが、実行に移されることはありませんでした。なぜならそれをした瞬間、「スパゲッティ屋のつもりで来る若いカップル」は二度と来なくなるからです。愚痴は言いつつも、そんな人々無しに経営が成り立たないことは、彼らも百も承知だったことでしょう。
「ペペロンチーノもカルボナーラも、『現地風』と『日本風』の2種類ずつメニューに置くってのどう? みんなのカルボナーラ950円、本場風カルボナーラ1300円、みたいな」
これは割と真面目な提案のつもりだったのですが、酒の席での与太話として、笑いと共に深夜の空気に溶けていっただけでした。
余談ですが、その後この「現地風と日本風の2種類ずつをメニューに置く」というアイデアを、自分たちのエスニックカフェで採用したことがあります。全てのメニューというわけではありませんが、トムヤムクン、ヤムウンセン、ガパオ、といった定番メニューに関しては、現地そのままを再現したものと辛さやクセを抑えた食べやすいものを両方メニューに載せたのです。この話はこの話でちょっと面白いのですが、本題から逸れすぎるので、またいつか機会があったらお話ししましょう。
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